2022年7月9日土曜日

判例裁決紹介(東京地判令和3年5月21日、貸付債権の死後遺贈と譲渡所得課税)

さて、また興が乗ったので判例裁決紹介を作成しました。今回は東京地判令和3年5月21日で、法人に対して保有していた株式と貸付債権を死後遺贈したケースにおいて、当該株式の譲渡に伴う譲渡所得課税の算定における株式評価額が争いになった事例です。 具体的には原告(相続人)、法人の経営を行っていた被相続人が、当該法人に対して保有株式及び貸付債権(16億)を死後遺贈した場合において、当該被相続人の準確定申告における譲渡所得の算定の科学が争点になっているものである。法人の純資産を用いた純資産価額方式による評価を行うことに見解の相違があるのではなく、死後に同時遺贈した貸付債権の純資産価額方式の利用において、法人の負債であるとして算定した評価額が適当であるのか否かという点が主たる争点になっているものである。課税庁としては、貸付債権は死後遺贈によって、混同によって消滅するものであって、これを負債として評価額上反映させることは不適当であるとして更正処分等を行ったものであり、それを不服として提起された事例である。 一般に法人に対して経営者が資金を貸し付けるような行為は、実務上では未だに珍しいものではなく、便宜的な勘定として活用されているものであると考えられるが、本件もそのような実務的な背景を基礎としている点で、参考となるべき事情であろう。個人的には経営者からの貸付は、通常の貸付債権と同様に扱われるべきであるのかという点には疑問ではあるが(出資と区別することが純粋にはできないし、金融の世界ではこの辺は考慮されているだろう)、本件は、死後において株式と貸付債権が同時に遺贈された特殊なケースであり、珍しいものではあるのかもしれないが、納税者の主張が認められ、16億円にも及ぶ多額な案件であり、経営者貸付(自己借受)のマネジメントの重要性を理解する上では、実務的にも有益な案件であろう。 贈与等の場合の譲渡所得等の特例) 第五十九条 次に掲げる事由により居住者の有する山林(事業所得の基因となるものを除く。)又は譲渡所得の基因となる資産の移転があつた場合には、その者の山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算については、その事由が生じた時に、その時における価額に相当する金額により、これらの資産の譲渡があつたものとみなす。 一 贈与(法人に対するものに限る。)又は相続(限定承認に係るものに限る。)若しくは遺贈(法人に対するもの及び個人に対する包括遺贈のうち限定承認に係るものに限る。) 以上のように、本件の中心的な争点は、所得税法59条における譲渡のその時における価額はいかなるものであるのかという点であり、ここに死後の遺贈による貸付債権の混同、消滅の状況を反映させて価額を算定すべきであるのか否かという点が争点となっている。 「譲渡所得に対する課税の上記趣旨に照らせば、本件のような株式保有特定会社の株式の譲渡に係る譲渡所得に対する課税においては、譲渡人が当該株式を保有していた当時における株式保有特定会社の各資産及び各負債の価額に応じた評価方法を用いるべきものと解され、そうすると、株式保有特定会社の1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)の計算は、当該譲渡の直前におけるその各資産及び各負債の価額に基づき行うべきであると解するのが相当である。」 判示は上記のように、譲渡所得課税の趣旨に鑑み、譲渡直前の状況に基づくべきものであって、 「遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときには遺贈の効力は生じない(同法994条1項)のであるから、遺言者の生存中は遺贈を定めた遺言によって何らの法律関係も発生しないのであって、受遺者とされた者は、何らの権利を取得するものではなく、単に将来遺言が効力を生じたときは遺贈の目的物である権利を取得することができる事実上の期待を有する地位にあるにすぎない〔最高裁昭和30年(オ)第95号同31年10月4日第一小法廷判決・民集10巻10号1229頁、最高裁平成7年(オ)第1631号同11年6月11日第二小法廷判決・裁判集民事193号369頁〕。このような遺贈の性質に鑑みれば、遺言が作成されてからその効力が発生するまでの間において、遺贈の目的である権利が受遺者とされた者に移転することが確実であるとは通常は考え難いというべきである。」 最判における遺贈の性質に基づいて、権利の移転が確実であるとの課税庁の主張は根拠がないとして(立証が不十分)、消滅を反映させた純資産評価を行うことは否定している。キャピタルゲインへの課税漏れが発生することを実質的な理由としている課税庁の主張も、消滅の効果は遺贈対象の株式にも及ぶものであり、遺贈の時点では課税の対象にならないとしている。正確には遺贈の結果が反映されてはじめて発生する利得であるとの認識であるようにも捉えられるが、その場合、そもそも譲渡所得の発生そのものが否定されているようにも理解される。 従来の実務的には、直前を判断のタイミングとせず、譲渡所得税が何らかの譲渡のタイミングをもってキャピタルゲインを顕在化させる趣旨であるとして、文言通りその時という部分を強調して同時遺贈した負債の消滅を反映した評価額を基礎として租税負担を計算することが原則的な対応であったようにも考えられるが(私見としては同時に遺贈される以上、両方の効果を企図して行われた取引でもあろうし)、その時という文言を直前の状態によるものと解することは租税法規の解釈上は整合的ではないとの意見も合理性があるように思われるが、本件は取引の起点となる遺贈の性質評価が起点となって結論が導かれているものとも考えられる。 以上です。毎回のごとく備忘録として作成しているものですので完成度は低いですが参考までに。

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