具体的には、請求人が相続人として取得した不動産を貸付用地として活用し不動産所得を得ていたところ、他の相続人による遺留分減殺請求権の行使により、当該不動産の一部を分割し、もって、相続時より当該不動産に係る収入のうち当該分割部分に相当する収入金を精算するため支払った金員(精算金)につき、不動産所得における損失であるとして申告したところ、当該精算金は損失には該当しないとして、更正処分を行ったことに対して不服を提起したものである。すなわち遺産分割協議における財産分割において遺留分相当として扱われた部分的な所有権移転を反映させ、反映が終了するまでの経過賃料に関する部分に対して不当利得に類するものとして精算した金額が不動産所得の計算上、必要経費としての損失に該当するのか否か争点となっているものである。
本件は相続財産の帰属争いに伴う、当該財産が生み出す付随的な収入(賃料債権の発生)が租税法規、所得税法において如何なるものとして捉えられるべきであるのかという点が課題になったものであり、かかる支出が損失として不動産所得の計算上必要経費に該当するのか否かという点が具体的に争われた特異な事実関係に基づくものとも評価し得ようが、本件のように最終的な判断として損失としての該当性を否認する判断は、その前提として所得税法における不動産所得の必要経費、損失の意義に左右されるものであり、かかる解釈が如何にして捉えられるべきであるのかという点が問題の起点となっているものである。かかる点においては不動産所得という所得類型において如何なるものを租税負担の減少要因として捉えるべきであるのかという点で検討すべきものと考えられる。また、より具体的な争点としては所得税法51条、施行令141条における損失の意義が中心となっているものであるが、事案としては私見としては本質的に更正の請求による過年度の所得調整を行い、救済措置を行うべきものであるとも捉えられるが、所得や収入、経費の精算は日常的に発生しうるものであり、かかる支払の必要経費としての該当性の検討という点で本件は特徴的であり、所得税法における位置付けを考える上で参考となるものといえよう。
第三七条 その年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は雑所得の金額(事業所得の金額及び雑所得の金額のうち山林の伐採又は譲渡に係るもの並びに雑所得の金額のうち第三十五条第三項(公的年金等の定義)に規定する公的年金等に係るものを除く。)の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする。
第五一条 居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業の用に供される固定資産その他これに準ずる資産で政令で定めるものについて、取りこわし、除却、滅失(当該資産の損壊による価値の減少を含む。)その他の事由により生じた損失の金額(保険金、損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額及び資産の譲渡により又はこれに関連して生じたものを除く。)は、その者のその損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する。
2 居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業について、その事業の遂行上生じた売掛金、貸付金、前渡金その他これらに準ずる債権の貸倒れその他政令で定める事由により生じた損失の金額は、その者のその損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する。
必要経費に算入される損失の生ずる事由)所得税法施行令
第一四一条 法第五十一条第二項(資産損失の必要経費算入)に規定する政令で定める事由は、次に掲げる事由で不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業の遂行上生じたものとする。
一 販売した商品の返戻又は値引き(これらに類する行為を含む。)により収入金額が減少することとなつたこと。
二 保証債務の履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなつたこと。
三 不動産所得の金額、事業所得の金額若しくは山林所得の金額の計算の基礎となつた事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われ、又はその事実のうちに含まれていた取り消すことのできる行為が取り消されたこと。
以上のように、本件の中心的な争点は上記施行令141条3項における 計算の基礎となつた事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われ、又はその事実のうちに含まれていた取り消すことのできる行為が取り消されたことに該当する損失として本件精算金が該当するのか否かという点であり、この具体的な意義が問題になっているものと考えられる。
「所得税法施行令第141条第3号は、不動産所得等の事業から生じる所得については、これらが毎年経常的、回帰的に発生する所得であることから、一旦納税義務が確定し、課税された後に、私法上の行為が無効であることが確認されるなどして、既に発生していた利得が失われた場合には、過去の年分の所得金額を訂正する更正の請求によるのではなく、利得の喪失(損失)の生じた日の属する年分の所得金額の計算にその損失を反映させ、その年分の所得金額の計算上必要経費として控除しようとしたものであると解するのが相当である。」
この点につき、判断では、上記のように、その規定の趣旨として不動産所得の連続性を基礎として私法上の無効等によって経済的成果が喪失した場合を損失として捉え、更正の請求による救済措置とは扱わないことを定めているものであると解している。私見としては私法上の無効等を遡求させて租税債権債務関係に反映させるのではなく、無効が確定した段階における損失として取り扱うことで、租税法律関係の安定性を図る趣旨のものであり、不動産所得の連続性があるゆえに許容されるべき性格のものであるように考えられる。
しかるに不動産所得の基礎となるような不動産所有関係の変更はそもそも対象となりうるものであるのかという点は疑問に覚える。特に後述するように、遺留分減殺請求のような形成権に対して、法律上の無効等を伴うものではなく、あくまでも民事上の精算等の関係性に伴うものであり、租税負担の減少、租税法律関係の安定を関与させるべき性格のものであるのであろうか。
「このように、所得税法施行令第141条第3号は、過去の年分において既に所得税の課税対象とされていた所得に関する取扱いを定めた規定であると解されるのであり、「不動産所得の金額」の「計算の基礎となった事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われ」たことという同号の文言に照らしても、同号にいう「経済的成果」とは、所得税の課税対象とされ、一旦納税義務が発生した所得を意味すものと解するのが相当である。」
また判断においては、解釈として経済的成果を限定的に所得の発生を意味するものにとどまるとしており、収入を発生させる賃貸借契約を前提として捉えている。すなわち、財産関係の帰属と所得の発生原因たる賃貸借契約を分離して捉え、かかる契約、帰属関係に関しては下記最判を引用した上で、
「遺産は、相続人が数人あるときは、相続開始から遺産分割までの間、共同相続人の共有に属するものであるから、この間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は、遺産とは別個の財産というべきであって、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当である。遺産分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した上記賃料債権の帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けないものというべきである(最高裁平成17年9月8日第一小法廷判決・民集59巻7号1931頁)。ハ 遺留分権利者が行う減殺請求権は形成権であって、その権利の行使は受贈者または受遺者に対する意思表示によってなせば足り、必ずしも裁判上の請求による要はなく、また一旦その意思表示がなされた以上、法律上当然に減殺の効力を生ずるものと解するのを相当とする(最高裁昭和41年7月14日第一小法廷判決・民集20巻6号1183頁)。」
特に遺留分減殺請求権の行使時点以後の法律関係を変動させるものであり、従前の関係性の否定をおこわないものとして捉え、本件における損失としての該当性を否定している。すなわち遺留分減殺請求の行使により、遡って財産関係の帰属、賃貸借契約による収入の帰属が変化するものではないものという理解であろう。限定的に対象を捉えているように考えられるが、法が計算の基礎となった事実に含まれている無効原因を対象とする以上、必ずしも、不動産の所有関係の変動が一般的に損失としての該当性を否定する判断となりうるものであるのかという点は、計算の基礎という文言の解釈によるものであるが、不動産所得という所得類型による以上、所有権を必ずしも一般的に対象外として捉える趣旨のものとして考えることは困難でもあろう。確かに本件は遺留分減殺請求によるものであり、かかる民事法の性格を反映させれば上記のように無効等の法律上の原因を伴うものではなく、本件判断は上記141条の損失の範囲を検討する上で、適用対象を本件事実関係において限定的に解しているものと考えるべきであろう。損失という租税負担の減少を伴うものであり、みだりにその適用対象を拡張すべきものではなく、厳格に解すべきものであるという租税法規の基本的な要請にも合致するものと評価される。直感的には過年度の収入発生原因が変更されるものであるが、かかる点に対して類推的に対象を拡張的に解するのではなく、民事法の性格を反映させている点が本件の特徴でもある。但し、適用対象を巡って類推的な解釈を否定するならば、上記141条の趣旨に基づいて判断されるべきであり、過年度の修正を一定程度否定的に捉えている制度の趣旨をより対比させて検討する余地があるのかもしれない。
また、本件とは直接的に関連するものではないが、必要経費としての損失を如何なる範囲として捉えるのかという点も課題である。損失が必要経費として租税負担の減少を伴うものである以上、その対象範囲を確定させることは租税法規における基本的な要請として、特に予測可能性という点でも重要視されるべきものである。従前より必要経費として事業上の経費がその対象のしてなりうるのか否かという点については、直接性や関連性等の点からその対象範囲を巡る争いが生じている。同様に損失に関しても事業との関連において、如何にしてその対象を確定させるべきであるのか、法規の文言においても事業の遂行上という点を規定しているが、必ずしもその意義は定かではない。そもそも損失は収入との因果関係が原価や経費とは異なり、明示的なものではなく、事業との遂行という明示的とはいい難い基準によって律されている。この点はより損失の範囲、特に近年は個人事業主と小規模法人との課税上のバランスが課題となっている現況にある以上、より検討が必要な項目になって来るのではないだろうか。
以上です。毎度のごとく論文stockとして作成しているものですので完成度は低いですが、参考までに。
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