2018年5月8日火曜日

判例裁決紹介(平成29年6月26日裁決、相続により取得した財産の取得費)

さて、また興が乗ったので判例裁決紹介を作成しました。今回は平成29年6月26日裁決で相続により取得した財産を譲渡した際における取得費として相続税評価額を適用すべきであるとして争った事例です。

具体的には、請求人が他の相続人と共同で相続した土地を譲渡した場合において、取得費として収入金額の5%ルールを適用して申告し、更正の請求として相続により取得したものであり相続税評価額をもって取得したものとすべきであると主張して提起した事例である。すなわち譲渡所得におけるキャピタルゲインを算定する基礎として取得費が以下に考えられるべきであるのかという点が基本的な争点になっているものである。

取得費が如何なるものであるのかという点は、その範囲として登録免許税を含むか否か等、種々の論点が提起されてきており、本件はその一類型に属するものであるが、本件は財産を取得したものとして相続を捉え、取得費として主張しているものである(但しこのように考えれば、相続税と所得税の二重課税の課題が通常は出てこようがその部分は主張されていない。)。遺産取得税を基礎とする相続税の性格から鑑みれば一定の理解が可能であるものであるが、このような主張は基本的に立法によりその性格が下記のように明らかとされており、実質的に取得に相続を含んでいないものとして、取得費を引き継ぐことになっているしかるに、本件のより詳細な争点として5%のルールの適用の是非があろうが、かかる点に関してはその合理性が問われたとしても、直接的に相続税評価額を取得費とすべきとする論拠にはなりえず、かかる点において、総合的に本件の主張の整合性は疑問も多い。いずれにしても本件の主張のように遺産取得税としての性格を強調して、譲渡所得税における取得費として相続税評価額を活用することは立法論として主張を受けることが多いものであるが(この書き方のように私は生命保険における二重課税の問題も含め、課税対象を異にするものであると評価しているが)、法令解釈としてこのような取得費としての意義を採用することは些か困難であろう。但し、一般的な納税者の思いとして、財産を利用するにあたって相続税を必要としており、実質的な取得費ではないのかという素朴な思いを持つことは容易に理解できよう。かかる点につき、本件は解釈論としてというよりは、相続税と譲渡所得課税を中心とした所得税との関係(特に二重課税)をより検討する上で参考とすべき事案であると評価されよう。


第三三条 譲渡所得とは、資産の譲渡(建物又は構築物の所有を目的とする地上権又は賃借権の設定その他契約により他人に土地を長期間使用させる行為で政令で定めるものを含む。以下この条において同じ。)による所得をいう。

第三八条 譲渡所得の金額の計算上控除する資産の取得費は、別段の定めがあるものを除き、その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額とする。

以上のように、本件の中心的な争点は上記所得税法に定める、取得費が如何なるものであるのか、特に、相続により取得した(便宜的にこのように称するが)財産の取得費が如何に評価されるべきであるのかという点が課題となっている。本件で直接的に問題になる相続等による取得費については、確認的に(下記の法規が確認的であるか否かという点は、生命保険に関する二重課税の課題を起点としている)所得税法において明示されており、所有関係が継続していたものとみなして課税することとされている。いわばキャピタルゲインを課税することを譲渡所得課税の本質として捉えているゆえの処理であり、この理解が本件においてはまずは留意されるべきものと考えられる。

第六〇条 居住者が次に掲げる事由により取得した前条第一項に規定する資産を譲渡した場合における事業所得の金額、山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算については、その者が引き続きこれを所有していたものとみなす
一 贈与、相続(限定承認に係るものを除く。)又は遺贈(包括遺贈のうち限定承認に係るものを除く。)
二 前条第二項の規定に該当する譲渡
 居住者が前条第一項第一号に掲げる相続又は遺贈により取得した資産を譲渡した場合における事業所得の金額、山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算については、その者が当該資産をその取得の時における価額に相当する金額により取得したものとみなす

私見としても、上記規定はみなし規定としてその趣旨からも明確であり、解釈上の例外を認めるものではないことは明らかであるものと考えられる。通達においてもその適用関係が下記のように示されており、相続により取得した財産の取得費に関しては一定の解決が図られているものと考えられる。しかるに、このみなし取得関係において、如何なる取得費が形成されるべきであるのかという点が基礎的な課題となることになるものといえよう。故に、下記の通達の処理により昭和28年以降の財産の取得関係においていわゆる5%ルールの適用があるとした解釈が合理的であるならば(この点に関しては以下のように必ずしも論理的な根拠を背景としているものではないものとも考えられるが)、本件判断の示した当該取得費として5%ルールにより算定していることは、必ずしも否定されるべきものではない。このように考えるならば、本件判断は妥当であろうが、あくまでも差し支えないとした通達を根拠としたものであり、必ずしもキャピタルゲインに対して適切に課税を行うことを企図した制度としての譲渡所得課税の本質と取得費の関係が示されておらず、立証のプロセスが課題ともいえよう。

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継続保有とみなし規定の存在から、相続税評価額を取得費とすることは、取得の意義を非常に広範囲に捉えているものといえ、上記規定の成立過程から鑑みれば、またキャピタルゲインを課税対象とする譲渡所得課税からは、整合性が取れないことは明白なものと考えるが、近年、非常に大きな課題とされた所得税と相続税の二重課税の調整の課題においては、課税対象は異なるものの、その課税物件は基本的に共通しており、二重課税として捉える評価が成立する余地もあり得よう。すなわちこの二重課税との関係において、立法論として取得費の調整との視点は、今後の課題として理解されるものであり、かかる検討は我が国における相続税の基本的な課税根拠と譲渡所得課税の本質との対比・理解において重要な検討課題であるように捉えられる。

第三十一条の四 個人が昭和二十七年十二月三十一日以前から引き続き所有していた土地等又は建物等を譲渡した場合における長期譲渡所得の金額の計算上収入金額から控除する取得費は、所得税法第三十八条及び第六十一条の規定にかかわらず、当該収入金額の百分の五に相当する金額とする。ただし、当該金額がそれぞれ次の各号に掲げる金額に満たないことが証明された場合には、当該各号に掲げる金額とする。
一 その土地等の取得に要した金額と改良費の額との合計額
二 その建物等の取得に要した金額と設備費及び改良費の額との合計額につき所得税法第三十八条第二項の規定を適用した場合に同項の規定により取得費とされる金額
2 第三十条第二項の規定は、前項の規定を適用する場合について準用する。この場合において、同条第二項本文中「山林」とあるのは「第三十一条の四第一項に規定する土地等又は建物等(以下この項において「土地建物等」という。)」と、同項ただし書中「山林」とあるのは「土地建物等」と読み替えるものとする。

以上のように、本件は、上記租税特別措置法の5%ルールの適用範囲を拡張した下記通達の合理性を認め最終的に課税庁の判断を肯定している。

31の4-1 措置法第31条の4第1項の規定は、昭和27年12月31日以前から引き続き所有していた土地建物等の譲渡所得の金額の計算につき適用されるのであるが、昭和28年1月1日以後に取得した土地建物等の取得費についても、同項の規定に準じて計算して差し支えないものとする。

「措置法第31条の4第1項は、個人が昭和27年12月31日以前から引き続き所有していた土地を譲渡した場合における長期譲渡所得の金額の計算上収入金額から控除する取得費は、所得税法第38条及び同法第61条の規定にかかわらず、概算取得費とする旨、ただし、概算取得費が実額取得費に満たないことが証明された場合には、実額取得費とする旨それぞれ規定している。 このように、措置法第31条の4第1項の規定は、昭和27年12月31日以前から引き続き所有していた土地に適用されるものであるが、昭和28年1月1日以後に取得した土地の取得に要した金額が不明である場合、同項の規定が適用されないために取得費が零円となるとするのは不合理であり、また、この場合に同項の規定に準じて取得費を計算しても納税者の利益に反することもない。そのため、措置法通達31の4-1は、昭和28年1月1日以後に取得した土地の取得に要した金額が不明である場合においても、措置法第31条の4第1項の規定に準じて計算して差し支えないものとする旨定めているところ、このような措置法通達31の4-1の取扱いは、当審判所においても相当と認められる。」

しかしながら、この実務上の便宜等による5%ルールの適用範囲の拡大は、納税者にとって不利益はないとの指摘から法令規定を拡張しているものである。裁決である以上、当然のことかもしれないが、この不利益はない旨等の根拠を支える事実関係が必ずしも明白ではなく、当該措置の合理性を支えるものとして評価し難い。実務上は問題とならないものであるのかもしれないが、便宜的な処置として法令の適用範囲を拡張的に解することは租税法研究者として違和感を覚える点は否めない。本当に不利益は生じない、不利益を救済する措置は確保されているものであるのであろうか。そもそも法がその適用範囲を区切った趣旨を考慮した上で、執行や実務上の便宜性との均衡において評価されるべきものではないだろうか。譲渡所得課税におけるその所得金額を算定する場合において、取得費がその投下資本を表し、具体的な所得金額を計算する上で、重要なものであることは否定し難いものであり、このような便宜的な取扱を肯定することは杞憂であるのかもしれないが慎重にあるべきではないだろうか。

以上です。毎度のごとく論文stockとして作成しているものですので完成度は低いですが参考までに。

濱田 洋

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