2017年10月21日土曜日

判例裁決紹介(東京地判平成29年1月12日、職務分掌の変更と役員退職金)

さて、また興が乗ったので判例裁決紹介を作成しました。
今回は東京地判平成29年1月12日で、職務分掌による役員退職金の支給が、法人税法に規定する退職給与に該当するのか否かという点が問題となったものです。

具体的には、本件は原告法人が前代表取締役に対して支給した金員が法人税法34条1項に定める退職給与に該当し、原則的な役員給与の損金算入規制の対象となるのか否かという点が問題となったものである。中心的な争点としては、当該支給対象者である前代取が相談役に就任したことが、本件の事実関係において退職に該当するような状況にあるのか否かという点が事実関係として問題となっているものと捉えられる。そもそも法人税法が如何なるものを退職であるとして捉えているのかという点は、必ずしも定かとは評価し得ないが、かかる点がまずもって問題の起点にあるものともいえよう。近年は、役員の大量退職期を迎えつつあり、また、退職給与がその受領する個人においても1/2課税や特別控除が存在することからも通常の給与として支給するよりも有因が高いこともあり、いわゆる利益調整の対象として使用されていた状況があるものであり(現状においても利用されているのかどうかという点は、実務家に聞いて見たいところではあるが)、法人税法においてこのような退職給与を如何に捉えているのか、特に本件で問題となった職務分掌の変更による実質的な退職と同視される状況を如何に認定していくことになるのかという点は今後の実務上においても参考になるものといえよう。かかる点で本件は職務分掌変更による退職給与の支給を否定した事案であるが、その事実関係を詳細に、特に職務内容を判断した上で、支給対象とはならないものと判断を下しており、従来の職務分掌による退職給与支給の事例における判断枠組みと基本的に同一視されるべきもの、同一類型に属するものであるが、中小企業での事例でもあり、実務的にも参考となるものと考えられる。後述するように、本件で問題となった職務分掌による退職給与の支給はあくまでも通達によるものであり、実務上は、下記の通達例示が事実上の基準となっているものであろう。本件はその部分をより深化させて研究する上で、有益な事例であるものともいえよう。

役員給与の損金不算入)
第三四条 内国法人がその役員に対して支給する給与(退職給与及び第五十四第一項(新株予約権を対価とする費用の帰属事業年度の特例等)に規定する新株予約権によるもの並びにこれら以外のもので使用人としての職務を有する役員に対して支給する当該職務に対するもの並びに第三項の規定の適用があるものを除く。以下この項において同じ。)のうち次に掲げる給与のいずれにも該当しないものの額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。


まずはそもそも退職給与課税自体が上記における問題の誘引となっている点が課題となるだろう。直接的には所得税の問題であり、本件とは関わるものではないが、かつての状況とは異なり現状の社会情勢において退職給与を得ることができる存在は、限定的であり、このような誘引となるような租税制度、退職給与課税制度そのものが妥当であるのかという点は個人的には疑問を覚えるものである。この点は、退職金を特別な扱いを行うべき理由付けが必ずしも定かではないとも考えられるところであり、肯定すべき理由付けが如何なるものであるのかという点は歴史的な背景を研究する必要があるだろう。

また、上記のように本件の中心的な争点は支給者である原告がいかなる状況にあり、特に支給対象者である元代取が如何なる職務を担っていたという点を基礎として、法人税法が想定する退職の状況に合致するのか否かという事実関係を如何に認定し判断していくのかという点である。より具体的には、代表取締役から相談役に肩書が変更となったものであり、職務分掌の変更があったとして実質的な退職したと同様の状況にあるか否かという点が課題となっているものである。そもそも法人税法が如何なる趣旨をもって、役員給与の例外的な措置としているのかという点が背景となるものであるが、この点について、判示は以下のように、基本的な趣旨を解している。

法人税法34条1項括弧書きは、損金の額に算入しないこととする役員給与の対象から、役員に対する退職給与を除外しており、この退職給与は、法人の所得の計算上、損金の額に算入することができるものとされている。これは、役員の退職給与は、役員としての在任期間中における継続的な職務執行に対する対価の一部であって、報酬の後払いとしての性格を有することから、役員の退職給与が適正な額の範囲で支払われるものである限り(同条2項参照)、定期的に支払われる給与等(同条1項各号参照)と同様の経費として、法人の所得の金額の計算上、損金の額に算入すべきものとする趣旨に出たものと解される。

私見としては所得税法において、退職給与が上記のように優遇的に取り扱われていることも、退職給与に関しては、一定の制限を課せられてきた背景があるものと考えられる。かかる点を踏まえて、本件の中心的な争点である職務分掌の変更による通達が存在している。通達は、下記のように、分掌変更等の事実関係において実質的に退職したと同様の事情にあると認められることが必要と解され、例示として、役職の変動、給与の激減が示されている。本件の最終的な主張の対立は、この部分に存在し、原告はその主張の依拠すべき点としてこの給与金額の減額を基礎としている。単なる通達の例示が実質的な基準と考えられていることの証左でもあり、単なる例示であることの理解や如何なるものを対象としているのか、如何なるものを重要な判断要素としているのかという点を理解することの重要性を示唆するものとも考えられる。特に認められるとしていることからも、単に主観的な要因による主張は決して採用されるべき対象ではなく、客観的に保証されることによって初めて実質的な退職としての意義を有することになるものと理解されるべきである。

給与の対象から役員の退職給与を除外している上記の趣旨に鑑みれば、同項括弧書きにいう退職給与とは、役員が会社その他の法人を退職したことによって支給され、かつ、役員としての在任期間中における継続的な職務執行に対する対価の一部の後払いとしての性質を有する給与であると解すべきであり、役員が実際に退職した場合でなくても、役員の分掌変更又は改選による再任等がされた場合において、役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的には退職したと同様の事情にあると認められるときは、その分掌変更等の時に退職給与として支給される金員も、従前の役員としての在任期間中における継続的な職務執行に対する対価の一部の後払いとしての性質を有する限りにおいて、同項括弧書きにいう退職給与に該当するものと解するのが相当である。

役員の分掌変更等の場合の退職給与)

9-2-32 法人が役員の分掌変更又は改選による再任等に際しその役員に対し退職給与として支給した給与については、その支給が、例えば次に掲げるような事実があったことによるものであるなど、その分掌変更等によりその役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められることによるものである場合には、これを退職給与として取り扱うことができる。(昭54年直法2-31「四」、平19年課法2-3「二十二」、平23年課法2-17「十八」により改正)
(1) 常勤役員が非常勤役員(常時勤務していないものであっても代表権を有する者及び代表権は有しないが実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く。)になったこと。
(2) 取締役が監査役(監査役でありながら実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者及びその法人の株主等で令第71条第1項第5号《使用人兼務役員とされない役員》に掲げる要件の全てを満たしている者を除く。)になったこと。
(3) 分掌変更等の後におけるその役員(その分掌変更等の後においてもその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く。)の給与が激減(おおむね50%以上の減少)したこと。
(注) 本文の「退職給与として支給した給与」には、原則として、法人が未払金等に計上した場合の当該未払金等の額は含まれない。

このように考えると通達の処理は、退職の意義を、実質的な退職という方向も含むものと解しており、文言の意義からは、拡張的に解するものであり、その処置の合理性は判示でも上記のように肯定している。しかしながら退職規定が上記のような趣旨を持つことから、文言である退職の意義に限定的に捉える必要性は必ずしもない。通達の処理もこの延長に属するものであり、一定の制限を設けており、野放図に拡張的な解釈を行うものではなく、基本的には判示と同様に肯定されるべきものであると評価される。しかしながら、上記通達の例示は、例えば50%減額などはこれが本来の原則となる法人税法の退職の意義に関連して、如何に関連しているのかという点は明らかではなく、実質的な退職として肯定される状況が如何なるものであるのかという点は法人税法の基本的な退職が如何なる意義を有しており、かかる点との関連性からより明示的に検討されるべきものであるだろう。

本件の最終的な判断においても職務内容が中心的な争点となっており、かかる点が最終的に司法の判断を仰いでいる。そもそも使用人、一般従業員とは異なり経営の業務を担う役員は、その業務内容は多岐にわたるものである(正確には、職務上多岐にわたる業務が想定されるが、如何なる業務を担うことが経営の主たる地位にあるものと捉えられるのかという点が定かとはいえない)。従って、役員の職務と報酬の因果関係が明確ではなく、かかるような報酬の増減に基づく、退職給与の支給の判断は、リスクが大きいものと考えるべきである。退職を契機とした報酬の後払いであることが退職給与の基本的な要因であることからも職務分掌の変更による給与報酬額の激変は、間接事実に留まるものであり、直接的に退職を支えるものとは判断し得ないと捉えるべきである。このように考えると繰り返しとなるが、本件の中心的な争点である事実関係、特に職務内容が問題となっていることは実務上も有益なものであろう。しかしながら職務内容による判断は、恣意の介在する要因が高く、職務内容が多岐にわたることが想定される役員の経営業務においては、かかる判断に依拠することはかえって予測可能性を損なう可能性も指摘できる。そこで私見としては、中小企業等においては、株式の保有状況など法的な意思決定を支える、担保する権限がいかなる状況にあるのかというような一定の客観性を担保可能な基準による判断を行うことが重要なのではないか。


以上です。毎度のごとく論文stockとして作成しているものですので、完成度は低いですが参考までに。

0 件のコメント:

コメントを投稿