さて、また興が乗ったので判例裁決紹介を作成しました。今回は大阪地判平成28年10月26日、大阪高判平成29年5月11日で、相続財産の評価における貸家、貸付用途で使用している、すなわち貸家の敷地としている宅地(貸家建付地)の評価が問題となった事例です。
比較的最近の事例であるが、地判高判ともに、判断は同一であり請求を棄却している。具体的には、被相続人より土地及び建物を相続した原告(相続人)が、なした相続税確定申告において、当該財産の貸家及び貸家建付地の評価に関して、空き室となっている部分の評価【短いもののでも5カ月、相続時点では空室】によって減額評価とすべきであるとした更正の請求をなしたところ、当該更正すべき理由はない旨の通知処分を行ったことからその取消を求めた訴訟である。
しかるに本件は原告が相続した財産の評価額を巡る訴訟であり、典型的な相続税に関する訴訟である。本件における特徴としては、通常は価値の下落を巡って財産評価基本通達における評価の適用が行われるべきではないとする事案が多い中(言い換えれば財産評価基本通達の性格や位置付けが問題となることが多い)、少々趣を異とし、財産評価基本通達の適用の具体的な判断基準が争点となっている点で興味深いものである。すなわち財産評価基本通達による評価の一定の合理性は所与の前提とした上で、その適用の方法を巡って争っているものである。
第二十二条
この章で特別の定めのあるものを除くほか、相続、遺贈又は贈与に
より取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における
時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況に
よる。
より具体的に、上記のように法令としては、相続税法は、22条において、相続財産の価額として取得の特における時価によるべきであるとしてしているが、この評価の基礎となる財産評価基本通達においてその適用に際する空室の存在に対して評価減措置の宥恕として導入した点の評価が中心的な争点となっているものと捉えられる。特に敷地としている貸家建付地の評価が問題となっており、基本的には財産評価基本通達の合理性を許容しつつ、
その適用の是非が争点とされている。いうまでもなく財産評価基本通達であっても通達としての位置付けであり法令ではないことは明らかではあるが、本件は財産評価基本通達の内容をより詳細に検討する事案であり、法令解釈としては特徴的な案件ではないが、実務における財産評価基本通達の位置付けを考慮するならば参考となる有益な事例であるだろう。またこの評価の妥当性や評価基準の適合性の判断に関しては、相続税法が如何なるものを課税対象としているのか、如何なる評価額をもって課税を行うべきであるのかという基本的な視点、法令の趣旨目的に関連するものであり、かかる点において相続税法の解釈等を通じて相続税法における対象資産の意義や価額の理解検討を行う上では有益な事例であるものと考えられる。特に時価を如何に捉えているのかという点が特徴的な点であろう。
また本件の中止的な争点である空室に関しては、近年は社会問題となってきている空き家問題も考慮せざるを得ない。空き家問題では老朽化した家屋等の存在がクローズアップされるが、アパートローンの関連もふくめ、賃貸用動産の空き家も同時に問題となっており近年は増加傾向にある。かかるような社会情勢も考慮するならば、相続税の課税時期としての相続時の現況を如何に相続税評価に反映させるのか、空き家となっているような賃貸用不動産の状況を評価額に反映させるべきであるのか否かという点は課題となるものと考えられる。
さらに、貸家建付地の評価方法は財産評価基本通達において以下のように取り扱われている。本件では財産評価基本通達上如何に空き室を考慮し得るのかという点に争点が絞り込まれているが、この問題の本質は、空室の発生によって収益性が低下している家屋の評価方法において、現行の貸家建付地の評価方法では反映されていない状況にある事が背景にあるものと考えられる。具体的には下記の様に当該貸家建付地の評価においては、借地権割合や賃貸割合を反映させることで、その評価額を減額している。従って、貸付用途の貸家において空き家が発しした場合においては賃借割合が低下し、もって減額金額を減少させることとなる。すなわち空室の発生は収益資産としての価値を低下させているにも関わらず、借地権の割合が低下しているとして、価値の減額部分が縮小する結果となる。確かに貸し付けに伴う、自用地に対する借地権の割合は低下するものの、収益物品としてはその収入を減額している、収益が低下していることになり、予想収益、PVは減少しているものと考えられ価値の低下が懸念されるものの、相続税法上、当該収益性の評価は反映されえないこととなる。このように収益性の低下に伴う価値の下落を本件の主たる争点とは異なっているものの、財産を相続することによる財産価値の取得を課税対象とする相続税法においてはんえいさせていないことの納税者の不満が背景にあるものとも考えられ、このような相続税法の財産評価上の矛盾が表面化しているような状況が本件のような空室の発生している貸家建付地の評価ではないだろうか。確かに価値の下落としては同様であり、この点において相続税の財産評価において不合理であると捉えることも考えられる。
しかしながら、このような評価方法の差異、評価額への反映が異なる状況が表出することが如何なる理由によるものであろうか。そもそも単なる価値の下落として同一に取り扱うことが妥当なのであろうか。すなわち単なる価値の下落と一律に考えるのではなく、その発生原因によって、収益見込み額の減少と借地権による制限部分において差異があるものと考えられているものと言えよう。これは相続税法がその課税対象として財産価値に着目し、その時価を課税対象としつつもの、当該時価の解釈として市場性のある部分での客観的な交換価値をもってその時価の意義として解釈していることに起因するものである。つまり、単なる時価として交換取引等での市場価値、交換価値を時価としているものではなく、客観性を有した時価である事が求められており、かかる点において本件の差異が発生しているものと考えられる。租税負担の公平性等の租税法規の基本的な要請として客観性を有した時価の存在は文理にかなうものであり、時価という主観的な要因や変動幅が存在しているような概念に依拠した課税を行うにあたって客観性の確保は重要な概念であろう。このように時価を鑑みるに、評価額の算定においても単なる価値の下落は必ずしも反映されるべきものではなく、当該下落の原因要因に則り、当該下落や評価額の変動が客観性を帯びているものであるのか否かという点が考慮されるべきものとなる。かかる点から上記の二つの下落要因は法的な要因【本件においては借地権という所有権財産権を侵害、制約する、借り手の権利保護や、立退料の発生など】によるものと将来収益の低下の可能性という点で異なるものであり、かかる点において一見すると矛盾するような状況であっても如何なるゆえんももって導かれているのかという点は、相続税法が評価減を認めるべきであると考えているものであるのかという点が重要な要因となっているものと捉えるべきである。ここに本件における評価額の反映が異なるものと捉えられる要因があり、かかる処理は相続税法の解釈、時価の意義という観点から合理的なものであるというべきであろう。、少なくとも単なる価値の低下が反映されるべきものではなく、当該下落や価格への反映の原因によって相違するものと認識されるべきである。
(貸家建付地の評価)
26 貸家(94≪借家権の評価≫に定める借家権の目的となっている家
屋をいう。以下同じ。)の敷地の用に供されている宅地(以下「
貸家建付地」という。)の価額は、
次の算式により計算した価額によって評価する。(平3課評2-
4外・平11課評2-12外改正)
- この算式における「借地権割合」及び「賃貸割合」 は、それぞれ次による。
(1) 「借地権割合」は、27≪借地権の評価≫の定めによるその宅地に係る借地権割合(同項のただし書に定める地域にある宅地については100分の20とする。次項において同じ。)による。
(2) 「賃貸割合」は、その貸家に係る各独立部分(構造上区分された数個の部分の各部分をいう。以下同じ。)がある場合に、その各独立部分の賃貸の状況に基づいて、次の算式により計算した割合による。
(注)
1 上記算式の「各独立部分」とは、建物の構成部分である隔壁、扉、階層(天井及び床)等によって他の部分と完全に遮断されている部分で、独立した出入口を有するなど独立して賃貸その他の用に供することができるものをいう。したがって、例えば、ふすま、障子又はベニヤ板等の堅固でないものによって仕切られている部分及び階層で区分されていても、独立した出入口を有しない部分は「各独立部分」には該当しない。
なお、外部に接する出入口を有しない部分であっても、共同で使用すべき廊下、階段、エレベーター等の共用部分のみを通って外部と出入りすることができる構造となっているものは、上記の「独立した出入口を有するもの」に該当する。
2 上記算式の「賃貸されている各独立部分」には、継続的に賃貸されていた各独立部分で、課税時期において、一時的に賃貸されていなかったと認められるものを含むこととして差し支えない。
本件の中心的な争点となる空室の評価上の考慮に関しては上記の通達内容にあるように、財産評価通達において反映されている。本件の中心的な争点は貸付用地としての評価及び貸付用建物との評価が争点となっている。その中でも貸付用途である建物の敷地である貸家建付地の評価が中心的な課題として主張が行われている。私見としてはそもそも、貸家及び貸家建付地の評価の双方において同様に、一律に時価の算定において空室の状況を反映させる処理を行うこと自体が、建物と土地の評価において共通すべきものであるのかという点は疑問を覚えるところはあるが【特に建物においては、減価償却や、建造物の状況などが加味されるべきであろう】、本件の中心的な課題はより具体的には、上記のように貸家建付地において、空室を考慮した賃貸割合を認めるべきであるのか否かという点である。空室を認めるか否かによって如何なる評価上の相違が発生するものであるのかという点は上記の通りであるが、この評価において如何なる空室が賃借割合に反映され、もって評価減に取り込まれるべきであるのかという点が本件の課題となっている。特に財産評価基本通達の但し書きにおいて、一時的な空室は空室として実質的に取り扱う必要はないものとした宥恕的な取り扱いの適用対象が如何なるものとして判断されるべきであるのかという点が問題の中心となる。原告及び被告の主張の中心はこの一時的な空室とは如何なるものであり如何にして判断すべきであるのかという点が争っている状況にある。すなわち現況、相続時点において如何なる期間空室であるのかという点を重視するのか、独立した賃貸用の建物としての居住部分として成立している資産状況を重視するのかという点で主張の相違がみられる。地判、高判ともに、特に高判においてはこの期間的な判断基準が不合理であるとの主張が判断され、最終的には、いずれにおいても退けられている。上記のように近年は空室の発生は、まれなものではなく、ごく一般的に起こりうる問題であり、相続対象となるような一定の経年を経ているような家屋等においては空室の発生は当然に見込まれるものであり、この一時期的なという点を如何に把握すべきであるのかという点は、今後も重要な点となるものと言えよう。
係る判断において地判は以下のように、
「評価通達93及び26本文が貸家及び貸家建付地について、所要の減額を認めた趣旨は、借家権の目的となっている建物の借家人は当該建物に対する権利を有するとともにその敷地についても借家権に基づいて建物の利用の範囲内である程度の支配権を有しているところ、賃貸人は、自己使用の必要性等の正当の事由がある場合を除き、賃貸借契約の更新を拒絶したり、解約の申入れをしたりすることができない(借地借家法28条)から、借家権を消滅させるためには立退料の支払を要することになること、借家人は、建物の引渡しを受けたときは、その後その建物について物権を取得した者に対し借家権の効力を対抗することができる(同法31条1項)から、建物に借家権を付着させたままで建物及びその敷地を譲渡する場合には、その譲受人は、建物及びその敷地の利用について制約を受けること等から、上記の建物及びその敷地の経済的価値が、借家権の目的となっていない建物やその敷地に比べて低くなることを考慮したことにあると解される。」
として、評価減の対象を法的な借家権の存在に求めており、本評価通達における評価減の要因として借家権に求めている。私見としては近年の空き家問題の発生等の社会状況からは、従前と同様に、借家権を制約要因・減額要因として捉えることは妥当であるのかという点は疑問を覚えるところではあるものの、評価減の事由として借家権という法的な要因を背景としていることは上記租税法規の解釈として客観性のある交換価値を想定する上で整合的であり、重要なものであると言えよう。
しかしながら通達はこの処理の原則に対して一定の宥恕規定として上記通達但し書きのように、一時的な空室は考慮対象外として処理する必要はないものとしている。かかる一時的な空室を如何に判断すべきであるのかという点が本件の主たる争点であるが、この措置につき、判示では
「もっとも、継続的に賃貸の用に供されている独立部分が課税時期にたまたま賃貸されていなかったような場合にまで当該独立部分を賃貸されていないものとして賃貸割合を算出することは、不動産の取引実態等に照らして必ずしも実情に即したものとはいえない。
そこで、評価通達26(注)2は、構造上区分された複数の独立部分からなる家屋の一部が継続的に賃貸されていたにもかかわらず課税時期において一時的に賃貸されていなかったと認められる場合には、例外的に当該独立部分を賃貸されている独立部分と同様に取り扱うこととしたものと解される。」
一定の処置として合理性を認めている。かかる判断はいわば実質的な状況を加味して判断を行う内容であり、一定の裁量が課税庁に与えられるものとなる。かかる処理は納税者にとって有利規定であり、租税法律主義の原則からは問題ではあるものの実際には問題とされていない。しかしながら相続税法が、その課税時期として相続発生の時と明示的に規定しており、いわばかかる処理は拡張的に相続財産の現況を反映させるものであり、かかる処理が合理性を有するのかという点は疑問を覚える。かかる処理はあくまでも、宥恕例外的な処置であり、如何なる理由でその処置が合理性が有するものであるのかという点は検証されるべきであり、租税法規の課題として捉えるべきであろう。少なくとも、例外として許容されるべきものを判断する基準は明示的であるべきであり、現行の処理が妥当であるのか否かという点は問題視されるべきである。特に具体的な判断基準として争われている、この一時的という点が客観性を帯びた減額要因として認められるべきであるのかという点は、検討すべきであり、如何にして合理性を時価の解釈等から担保され得るのであろうか。上記判示でも本件の処置は不動産取引実態に照らして不合理であるとの原因を挙げているが、かかる内容が明示的ではなく、そもそもかかる処置が妥当であるのか否かという点は再度検証すべきであり、例外的な本措置の合理性は疑問視されるべきであろう。少なくとも一時的という通達の文言は決定的なものではなく、借地権の制限が実質的に対象となりうるのかより明示的な規定が必要と認識されるべきである。外形や資産の構造なども判断要素となりうるものであることは否定しないが、借地権を生み出す契約とは直接的に関連付けられるものではなく、本件のように契約の有無の基幹的な判断にのみ依拠すべきものではないであろうが、何らかの契約と直接的に関連する要因による判断が求められるものと考えるべきであろう。
また、上記のように、貸家等に限ったものではないが、相続税法における収益性に基づいた判断は、その財産評価としては、劣位に置かれることになることは他の相続税の財産評価において一般的である。立法に属する問題であるが、近年は空き家の存在などが増加しており、単なる収益性の減少のみならず、収益の発生が観念し得ないものも存在することになるだろう。かかるような状況において、より適切な財産評価に対して、検討すべきものといえるのではないだろうか。