また興が乗ったので判例裁決紹介を作成しました。今回は東京高判令和3年9月8日で、成年後見人を務めていた相続人が取得した財産に対して小規模宅地の特例を適用するにあたり、適用要件たる同一生計にあったものであるのかという点が争いとなった事例です。
具体的に本件は、納税者たる控訴人が営む大工業の事業の用に供していた土地(事業供用に関する事実に関しては争いはない)を相続により取得し、小規模宅地等の特例による相続税評価額の減価を適用して申請したところ、被相続人と生計を一にするものではないとして当該特例の適用を否定されたことを不服として提起されたものであり、本件特例の適用対象となる同一生計にある親族等の事業の用に供されているものが如何なるものであるのか、その範囲、そして同一生計に対して成年後見人になっていることを如何に判断されるのかという点が基本的な争点になっているものである。
地裁は納税者の主張を退けたが、控訴審では、納税者の主張にもあるように、同一生計を所得税法と同様に非常に広く捉え、その適用対象を判断されるべきとの主張を中心に争いが行われたが、控訴審も同様に納税者の主張を退けている結果となっている。
民事法における成年後見人制度は、我が国の高齢社会の進行に対する取引面生活面を支える重要な法的なツールとして導入が図られたものであるが、その活用も増加傾向にあるものである。この制度適用されている場合における租税法規の適用がいかなる判断、認定を受けるものであるのかという点はまだ定まっていないものである。本件は地裁も含めこの制度適用における事例として、また、小規模宅地等の特例という最も基本的な相続税における租税特別措置の適用要件における対象事業の範囲を示すものとしても先行事例として非常に有益な事例であるように考えられるものである。
本件でも問題の中心となる生計を一にするという法文の解釈、事実認定は、古くて新しい論点であるが、所得税法や相続税法、幅広くその論点が存在するものであり、両法規の相違も含め本件は重要な事例であろう。
小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例)
第六十九条の四 個人が相続又は遺贈により取得した財産のうちに、当該相続の開始の直前において、当該相続若しくは遺贈に係る被相続人又は当該被相続人と生計を一にしていた当該被相続人の親族(第三項において「被相続人等」という。)の事業(事業に準ずるものとして政令で定めるものを含む。同項において同じ。)の用又は居住の用(居住の用に供することができない事由として政令で定める事由により相続の開始の直前において当該被相続人の居住の用に供されていなかつた場合(政令で定める用途に供されている場合を除く。)における当該事由により居住の用に供されなくなる直前の当該被相続人の居住の用を含む。同項第二号において同じ。)に供されていた宅地等(土地又は土地の上に存する権利をいう。同項及び次条第五項において同じ。)で財務省令で定める建物又は構築物の敷地の用に供されているもののうち政令で定めるもの(特定事業用宅地等、特定居住用宅地等、特定同族会社事業用宅地等及び貸付事業用宅地等に限る。以下この条において「特例対象宅地等」という。)がある場合には、当該相続又は遺贈により財産を取得した者に係る全ての特例対象宅地等のうち、当該個人が取得をした特例対象宅地等又はその一部でこの項の規定の適用を受けるものとして政令で定めるところにより選択をしたもの(以下この項及び次項において「選択特例対象宅地等」という。)については、限度面積要件を満たす場合の当該選択特例対象宅地等(以下この項において「小規模宅地等」という。)に限り、相続税法第十一条の二に規定する相続税の課税価格に算入すべき価額は、当該小規模宅地等の価額に次の各号に掲げる小規模宅地等の区分に応じ当該各号に定める割合を乗じて計算した金額とする。
以上のように、本件の中心的な課題は、上記租税特別措置法に定める小規模宅地等の特例の適用要件として被相続人等の事業の用に供しているか否かという点を基本的な充足しているのかという点にある。所得税法においても問題になることの多い生計を一にするという要件を充足しているのかという点が中心的な争点となるものである。被相続人に対する成年後見人として相続人が担当しており(報酬は法定されているが受領せず)、このような事実関係において、同一生計にあるのかという点が地裁から争点となっているものである。
判示ではこの同一生計に関して基本的な生計を支えている状態を含まれるものと理解しており、この点は争いがない、ただし、基本的に生計を支えるという点においても幅が含まれる概念であって、この点を如何に認定されるかという点が基本的な争点と言えよう。判示では所得税法との同一性を明確に否定しており、この点は所得税法と相続税法の相違から合理的なものであるものと考えられるが、具体的な判断において生計を支えているという点に焦点を当て、同居扶養や生活費の管理負担などによって判断されている従前とは距離が置かれている印象がある。この点は、私見ではあるが事業用資産であるものが相続財産の対象である以上、事業が生計と、生活費へどのように影響していたかを中心に判断されるべきものであると考えられる。この点からは同居などではないが、成年後見人という制度自体は、法的な取引判断の後見を行うものであり、金銭的なものに限定されるものではないが、生計概念は事業に伴う、生活費など金銭的な負担に軸足をおいているものと判断されるべきであろう。判示でも示されているように、成年後見人にあることが直接的な同一生計の裏付けではないということは実務上も留意されるべきものと考えられる(後見している以上、日常の管理等においてサポートをしている点は想定されるが生計、生活費を支えているとは必ずしも言えないという判断であろう)。立法に属するものではあるが、空前の高齢社会を前提とするならば種々の租税の判断においても(認知症の増加なども想定されるが)、従前と同様の判断の枠組みで良いのか、種々の制度の特徴(利益相反等)も踏まえ、更に検討をすすめるべきものと考えられる。
「被相続人(中略)の事業の用(中略)に供されていた宅地等」については、被相続人の生前から一般にそれが事業の維持のために欠くことのできないものであって、その処分について相当の制約を受けるのが通常であることを踏まえて、相続財産としての担税力の有無に着目し、相続税負担の軽減を図ることとしたものである。その結果、本件特例の適用により、中小企業の円滑な事業承継が促進されるという効果が期待されるものの、それはあくまでも副次的な効果にとどまるものというべきである。」
判示では上記のように、基本的な制度趣旨を事業維持のための処分制約から財産の担税力の減少にその所以を求めている。担税力という概念自体が明瞭なものではなく、かかる点に依拠した判断は困難であるようにも考えるべきであろうが、本件の趣旨としては生計を支えている事業の実施に関して、必要とされる土地であり、処分に制約があることから、相続時点の財産価値の減少を図るべきものとして理解されるべきであろう。納税者の主張にもあるが、事業承継の促進等の効果もあろうが、かかる点は主要な趣旨としては理解されないという点は趣旨として賛成される。
「本件特例にいう「被相続人と生計を一にしていた」相続人「の事業の用(中略)に供されていた宅地等」とは、上記のように、相続人の生計だけでなく被相続人の生計をも支えていた相続人「の事業の用(中略)に供されていた宅地等」を指すものと解するのが相当である。
これに対し、相続人が被相続人の有する宅地等で事業を営んではいるものの、これによって被相続人の生計が支えられていない場合には、相続人の営む事業は被相続人の生計とは関係がないといえるから、被相続人が、生前、相続人「の事業の用(中略)に供されていた宅地等」を処分することには制限がなく、当該宅地等に担税力の減少は生じていないことになる。したがって、このような場合は、相続人が相続した財産における担税力の有無に着目して、相続税の課税価格に算入すべき価額を軽減することにより、相続人の相続税負担の軽減を図るという本件特例の趣旨は妥当しないから、本件特例を適用することはできない(なお、前記のとおり、本件特例の適用により、その結果として中小企業の円滑な事業承継という政策目的が促進されるという効果が期待されるものの、それは副次的な効果にとどまり、本件特例の趣旨はあくまでも担税力の減少に対する配慮にあるから、円滑な事業承継の実現自体が独立して本件特例の趣旨に当たると解することはできない。)。」
これに対し、相続人が被相続人の有する宅地等で事業を営んではいるものの、これによって被相続人の生計が支えられていない場合には、相続人の営む事業は被相続人の生計とは関係がないといえるから、被相続人が、生前、相続人「の事業の用(中略)に供されていた宅地等」を処分することには制限がなく、当該宅地等に担税力の減少は生じていないことになる。したがって、このような場合は、相続人が相続した財産における担税力の有無に着目して、相続税の課税価格に算入すべき価額を軽減することにより、相続人の相続税負担の軽減を図るという本件特例の趣旨は妥当しないから、本件特例を適用することはできない(なお、前記のとおり、本件特例の適用により、その結果として中小企業の円滑な事業承継という政策目的が促進されるという効果が期待されるものの、それは副次的な効果にとどまり、本件特例の趣旨はあくまでも担税力の減少に対する配慮にあるから、円滑な事業承継の実現自体が独立して本件特例の趣旨に当たると解することはできない。)。」
判示では、上記のように、制度趣旨から、相続人の生計ではなく、被相続人の生計を支えていることをその対象とすることとしている。同一生計であることから導かれているものではあるが、かかる判断から被相続人の生計に関わりがなく、相続人の生計を支えるに過ぎない事業に関しては、処分制約がないという判断である。同一生計を基本とする以上、このような判断が導かれることは形式論理としては一定の合理性が導かれようが、被相続人が相続人の事業に供されている用地の処分において、自己の生計とは関わりがなく、処分制約がないという基本的な前提は理解し難い。趣旨として相続人の取得した財産の担税力という視点に着目するならば、事業供用において処分制約が存在していることは否定し難いのではないだろうか。この点は負担軽減範囲を如何に捉えるべきであるのかという立法政策の課題であるのかもしれないが、被相続人と相続人のいかなる立場から検討するかによって判断が異なるものであり、些か不安定な要件でもあろう。