さて、また興が乗ったので、判例裁決紹介を作成しました。今回は、東京地判令和2年1月30日で、医師が提供した医療給付が概算経費控除の対象となる社会保険診療報酬の特例の適用対象となるのか否かという点が争点になった事例です。
具体的には、麻酔科医として自己の医院も開業している原告が自己の病院以外で委託契約により実施した手術等の麻酔提供の業務の対価として受け取った報酬が下記、租税特別措置法26条に定められる社会保険証料報酬の所得計算特例(概算経費控除)の適用対象となりうるものであるのか否か(当然自己の医院における収入が対象であることは争いがない)という点が主たる争点となった事例であり、当該報酬も含んだ形で確定申告に対して、課税庁が当該報酬は、適用対象ではないとして更正処分を行ったことを不服申立を行ったことが発端となっている事例である。
確定申告に携わったものであれば、おなじみの医業に関する重要な特例の一つである概算経費(そもそもこの位置づけ、優遇税制としてどのように評価するのかという立法論的な議論も必要な時期にあるようには私見としては思うところ。私見としては、医療に限らず人的な役務提供が社会的な位置づけも含め、質量ともに増加している現況では概算経費控除の制度を導入すべきものと考えているが)であるが、この適用範囲をめぐる事例は比較的珍しいものであろう。純粋な租税法規の問題というよりも、借用する健康保険法の問題であるという点とも評価できるものであろうが、本件医療という非常に高度に専門化された職務であり租税法規の範疇を超えるものという意見も想定されるところであるが、本件の判断は所得税にとどまらず、消費税の負担にも重要な影響を及ぼす(非課税であるのか否か等)ものであり、租税実務家としても留意すべき判示であろう。
もう少し一般化した話としても、近年の労働環境における人的役務の提供に関しても問題を提起するような事例でもある。近年は雇用的自営も含め、非従属的な職務のあり方が増加し、租税法規の適用上も課題として議論されている。本件では本件別医院での人的役務の提供が事業所得であることは特段争いのないものであり、これが単に業務委託を受けたものであるのか、それとも社会保険料収入であるのかという点で争いになっているが、事業所得の中に複数の類型の所得が入ってきた上で、課題が発生していることは興味深い。副業の増加(そもそも副業という言い方が異なるように思うが、労働法はともかく、租税法規の適用上、主たるものとそうではないものを区分することが如何なる意義を有するのかという点は検討課題であるように考えられる。複数の所得源泉を持っていることが現行法上の課題であろう)に伴う同一所得区分の中に複数の所得源泉が発生することが必ずしも例外的なものではなくなってきたことを、租税法規の立場からはどのように評価するのかという点は現代的な課題として検討すべきであろう。上記のようにおそらくは消費税も含んだ形での課題が顕在化するものであり、このような収入が給与であるのか報酬であるのか(外注請負)、という古くて新しい問題(そういえば、以前の給与と報酬の区分の問題も麻酔科医の収入が対象となっていたものであるが、なにか麻酔科医は特性として独立的な業務の提供が必要となるものであるのだろうか)も含め検討すべき項目が多いものと考える。
(社会保険診療報酬の所得計算の特例)
第二十六条 医業又は歯科医業を営む個人が、各年において社会保険診療につき支払を受けるべき金額を有する場合において、当該支払を受けるべき金額が五千万円以下であり、かつ、当該個人が営む医業又は歯科医業から生ずる事業所得に係る総収入金額に算入すべき金額の合計額が七千万円以下であるときは、その年分の事業所得の金額の計算上、当該社会保険診療に係る費用として必要経費に算入する金額は、所得税法第三十七条第一項及び第二編第二章第二節第四款の規定にかかわらず、当該支払を受けるべき金額を次の表の上欄に掲げる金額に区分してそれぞれの金額に同表の下欄に掲げる率を乗じて計算した金額の合計額とする。
以上のように、本件の中心的な争点は、自己の経営する医院以外からの業務委託からの収入が、社会保険診療につき支払いを受けるべき金額に該当するものであるのか否かという点が課題となっている。
「置法26条1項が定める本件特例は、医業又は歯科医業を営む個人が社会保険診療につき支払を受けるべき金額を有する場合において、当該支払を受けるべき金額が5000万円以下であるときに、当該社会保険診療に係る費用として必要経費に算入する金額を、社会保険診療報酬の収入金額に応じ4段階に区分して定められた割合(概算経費率)に相当する金額の合計額とする旨を定めている」
本件は租税特別措置であり、その制度趣旨が重要な解釈上の指針となるべきものであるが、上記のように制度を理解した上で、基本的には健康保険法の規定を準用しているものであるとして、
「本件手術は保険医療機関である本件各病院において実施されたものであるところ、本件手術における本件麻酔施術は、同じく保険医療機関である本件クリニックを個人で開設する原告が行ったものであるため、本件クリニック(原告)が自ら主体として療養の給付を行ったと評価することができるか(すなわち、原告は本件麻酔施術に係る社会保険診療につき支払を受けるべき地位にあるのか」
という点を主たる争点としている。
「健康保険法においては、人と物とが結合された組織体である保険医療機関が療養の給付の担い手となるものとされており、また、保険医療機関が行う療養の給付の内容として、傷病の治療等に必要かつ相当と認められる一連の医療サービスの給付が定められていることに照らすと、ある患者の治療等について複数の保険医療機関が関与する場合、一方の保険医療機関のみならず他方の保険医療機関も自ら主体となって療養の給付を行ったと評価されるためには、各保険医療機関の医師等が当該患者の治療等のために行った行為の具体的内容及びその関与の程度、各保険医療機関における物的設備等の負担の有無及び程度、他方の保険医療機関が当該患者の治療等に関与することとなった経緯及び双方の保険医療機関の関係等の事情を考慮して、他方の保険医療機関における関与が、人と物とが結合された組織体である保険医療機関として、自ら主体となって当該患者に対しその傷病の治療等に必要かつ相当と認められる医療サービスの給付を行ったものと評価することができるか否かという観点から判断することが相当である。」
すなわち上記のように、法令解釈を示した上で、保険医療機関の性格から報酬を受けるべき対象として組織体として主体的に診療を行ったものであるのかを認定されるか否かという点を基礎としている。私見としても法文が社会保険診療報酬に関する支払を受けるべきとしている以上、このような複数の医療機関が関与した事例においても一方の医療機関にのみ保険診療報酬を受けるものという認定を行うこと(申請や支払などの形式に必ずしもこだわらず)を求めているものではなく、実質に則った判断を許容しているものと解すべきものと考えられる。ただし、総合考慮を基礎としつつ主体的に医療サービスを給付しているとしている点は如何なるものを主体的としているのか必ずしも明らかではなく、予測可能性の観点から疑義があるものと考える。通常、業務が継続的に行われている環境(本件では医療サービスの中でも更に特殊な手術が問題になっているが)において、医療の専門家として自律的な判断がなされている(専門職であれば、当然でもあり、これは所得税法56条の問題において、弁護士夫婦事件といわゆる称される案件でも同じような課題を発生することになるだろうが)、ことが期待されているものであり、組織体として人と物が結合されているという保険医療機関を前提とするならば専門業務に関する部分は、主体性を自ずと有している可能性がある。かかる点からは主体的という判断の枠組みは健康保険法等の法令判断の枠組みとしてはともかくも租税法規の適用においては一要因として理解されるべきであろう。そもそもとして所得税法の収益の帰属の概念自体が曖昧であるとの課題が前提ともいえようが。
また、本件は、複数の者(専門職)が一体となって、チームを組み、医療サービスの給付を行っている点が前提として、本件のような複数の医療機関、組織体の関与の場合の問題の発生を生じている。専門職においては特にではあろうが、旧来の想定は、専門職として独立して自律的に役務提供がなされることが想定されていた。本件特例もまた同様であり、現在では複数の者が一体となって役務提供を行うことが珍しくなくなってきている点とは前提が異なる状況になってきているものと考えられる。専門職が細分化されている現状等も鑑みられた点であろうが、本件対象の医療に限らず、研究開発、事業再生等々、専門的な業務では特に複数の専門家の関与によって一体としての役務提供がなされる場合が考えられる。この一体としての役務を分解して個々の業務に分解した上で判断することが妥当であるのかという点も、所得の帰属、区分判断において重要なものであろう。今後ジョブ型の職務のあり方が一定の地位を得た場合には、このようなチームを組む役務提供とは親和性が高く、このような点からも本件事例は、今後の所得区分の判断院おいて検討すべき課題を明らかにしてくれる事例であるものと捉えられる。
以上です。毎回のごとく備忘録として作成しているものですので完成度は低いですが参考までに。