さて、また興が乗ったので判例裁決紹介を作成しました。今回は、平成30年5月13日裁決で、実質的に権利承継が限定されていた生命保険契約の承継が相続時に行われ、もって相続財産を構成するものであるのかという点が争点となった事例です。
具体的には、相続人たる請求人が被相続人が締結した生命保険契約(保険者及び受取人が被相続人であり、被保険者が請求人等の請求人ではない、契約時に一括で約2000万支払い、相続時はまだ保険事故は発生しておらず、相続発生後、あまり期間をおかずに保険期間が満了となり、保険金が支払われ受領者は贈与税を支払っている)が相続財産に含まれていることを知らなかった請求人が、かかる生命保険(実質的には、財産受渡しの指定、課税を回避する意図を有した養老保険であると認識するのが妥当であり、純粋な生命保険契約と評価することは、妥当ではないだろうが)契約が、相続財産に含まれることが不当であるとして、提起した事例である。契約の存在を知らず(請求人が結婚後実家に寄り付いていなかったことなどが遠因であろうが)、実質的に相続タイミングではかかる不知から権利承継が実質的には承継していない、あるいは、相続時には、かかる点から財産価値が付与されるものではない(財産評価がゼロ)であるとして、本件申告による相続税の対象となる相続財産の範囲に当該保険契約を含んでいることを問題視しているものである。
相続税の申告において、最も重要かつ基礎的な点は相続財産の把握であるが、本件は典型的な論点であり、よく活用される保険契約の存在について、利害関係者となる相続人の一部が、かかる財産の不知と基礎として、実質的に権利行使を行うことができないものに対して課税されることに納得が行かないような状況は、至極当然に発生するものであろう(この契約の受取人、保険者がどのような対象であるのかなどより詳しくは、実務家に聞いてみたいところ)。かかる点において、本件は、保険契約に関する特殊な事実関係が基礎となっているものとしても評価できるものであるのかもしれないが、そして、法令解釈としては、特段特徴的なものではないものであるが、相続というタイミングにおいて一切の財産を課税対象とすることで発生する課題を端的に認識する上で、また、単純な相続税、相続財産の把握という点のみならず、家族間の日頃のやり取りまでもが検討課題となるという点を理解する上で専門家にとっても重要な事例であるように捉えられる。上記のように本件の起点はあくまでもかかる契約のような相続財産に属する契約の納税者が不知であるというシンプルな点が起点となっていることはより認識されるべきであろう。
(相続税の課税財産の範囲)
第二条 第一条の三第一項第一号又は第二号の規定に該当する者については、その者が相続又は遺贈により取得した財産の全部に対し、相続税を課する。
2 第一条の三第一項第三号又は第四号の規定に該当する者については、その者が相続又は遺贈により取得した財産でこの法律の施行地にあるものに対し、相続税を課する。
以上のように本件は、相続税法2条における相続財産の範囲が課題となっている。相続のタイミングで一切の財産を対象としていることは、法令上明らかであり、法解釈としては、特段争いはないものであろうが、財産という部分において、本件のような事実関係では、実質的には、財産としての価値を受益していないことが課税とのバランスが取れないことを問題の背景としているのであろう。財産を受け継ぐことを相続税の課税根拠としているという認識であれば、実質的な財産的価値が認識されないような契約の承継を行っている点が課税対象としていることと矛盾していると考えても無理はない。一般的な理解としてはこのような財産的な価値の受領が相続税の課税根拠として認識されているのであろうが、このような遺産取得税的な発想は基本的な趣旨としては必ずしも貫徹されていないことが我が国の相続税制の基礎にあるのであろう。本件なあくまでも契約の不知というような主観的な事情が背景にあるものであり、法規としては相続におけるタイミングにおいて一切の権利義務を承継するのであるからという、一種の機械的な判断から納税者の主張を排斥して課税を肯定している。確かに民法は相続の一般的効力として、
(相続の一般的効力)
第八百九十六条 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
上記のように一切の権利義務を承継するものであり、被相続人に帰属する財産であれば、例外なく相続することを定めている。この点を鑑みれば、上記のように、不知であることを理由とした課税は相続税法の問題というよりも相続法の問題として受け入れがたいものであるとの判断されることとなる。かかる点で本件は相続税法というよりは民事法の問題であると捉えることもできようが、租税法規の立場としては、特に租税負担を課し、財産権の保護を侵害するという点からは実質的な受益がない状況を前提とした課税を構築することは反対意見を持つものもあり得よう。私見としては相続法が上記のように、定めている趣旨がいかなる所以にあるのかという点も考慮されるべきであろうし、相続税制が必ずしも取得税を貫徹しているものではない、また遺産税という点でもないことを基礎とするならば、本件の判断のように不知を考慮することは、主観的な事情を反映させることになり、不安定な課税を招くものであって、妥当と評価すべきではないものと考えられる。法令解釈としても相続税の対象として実質的な受益を条件としているとの趣旨を読み込むことはかえって主観の介在する余地を残すものであって安定性を損なうものと考えている。
但し、本件では、相続のタイミングの財産的価値の存在を問題ともしている。本件のように、相続が発生した後の事情、例えば相続人が管理不能であって財産的価値が把握されないような、相続後の事情を反映させることができるのかどうかという点は、また検討課題となるだろう。相続税が相続という一点のタイミングを基礎としている、あるいはフィクションとしてこのタイミングを基礎としている制度構築から、やむを得ないものとしても捉えられるところであるのかもしれないが、相続から申告においては一定のタイムラグ、あるいは後発的な事情の発生によって財産的価値の喪失が考慮されることは制度上も一定の考慮がなされていることは含むべきであろう。私見としては本件のように納税者の不知のような帰責性が認められるような事情においてまで後発的な事情として認識することは、現行法としては想定外というべきと考えられるが、近年の相続を取り巻く環境から肯定する意見も考えられるのかもしれない(この点では立法論として検討課題というべきかもしれない)。すなわち財産価値の変動や突発的な相続の発生、我が国の相続の事情等を考慮すれば、上記のように事後的な考慮を拡張的に考えることは一定の理解が得られるのかもしれない。近年の異常事態であるとの認識が見解にも影響している(本来ならばこのような異常事態を前提とした議論は論理的ではないのであろうが)、税制が必ずしも論理のみで構築されているものではないという認識が生まれたときから租税の世界にいる身としては拭い難い以上、本件のような受益を前提とした相続税に対する主張は基底にあるものとして認識されるべきではないだろうか。
以上です。毎度のごとく備忘録として作成しているものですので完成度は低いですが参考までに。