さて、また興が乗ったので、判例裁決紹介を作成しました。今回は、静岡地判平成29年3月9日で、保険の解約払戻金に対する控除対象の保険料を負担者が異なる部分まで含むのか否かという点が争いになった事例です。
具体的には本件は、法人の代表取締役であり、法人が契約した逓増保険(年間900万ほどの保険料、総額1億4000万の保険契約)を法人から原告たる代表取締役に対して譲渡(譲渡時においては、その時点での解約した場合に受領できる解約払戻金相当額約400万を支払っている)し、一定の時期経過後、もって原告が当該保険料を解約し、解約払戻金(約2600万)を受領した事例において、当該解約払戻金が一時所得を構成するものであるのか否かという点が争点とされているものである。より具体的には、一時所得の計算上、当該所得を得るために支出した金額に対して、原告以外の法人が負担した損金(福利厚生費として処理済み)として処理した保険料金額が該当するのか否かという点が問題となっているものである。本件で問題となった事例は平成22年度所得に関するものであり、下記のように平成24年の税制改正において、所得税法施行令183条4項が追加され、基本的に対象となる控除可能額は、個人が負担したものに限定される旨が明確化されたものであるが、その以前においては、一部資料において、個人が負担したもの以外の総額を対象とする旨の記載があったものもあり、その適用が問題となっていたものである。判時としては、本件でも引用されているが、先行する最判(平成24年最判)において、当該改正による以前においてもその対象となる経費は、個人が負担したものに限定する旨が示されているものであるが、本件は、かかる判示を否定するものであり、一時所得の文言や、総額としていたことから、あるいは、本件改正によって遡及的に適用され、あるいは事後法において課税対象とされたことを問題視しているものである。判示としては、原告の主張を排斥しているものであるが、最判を引用し、経費控除を個人負担に限定するもののみならず、信義則の成立も否定しているものである。法人の節税策として、保険を活用した措置は、広く行われているものであり、本件もその中の事例の一つであるように捉えられるが、解約払戻金を途中解約においては、低く抑え、保険料と調整し、原告へ負担保険料総額よりも低額で移転させ、もって総額負担として、一時所得の発生も減少させるような本件のスキームは、珍しいものではなかったものと考えられるが、最判によって否定され、法文においても明確に否定されているものであるが、最判を踏襲して一時所得の控除対象を否定し、更に、信義則等の成立を否定した本件は実務上も参考とされるべきものであろう。保険を活用したスキームは、非常にアグレッシブなものから、多様な存在が確認されるものであるが(多くの事例において、非常に否定的な、租税負担の回避を否認する処理が形成される予定であろうが)、経費控除において大幅な制約が付与されており、保険に関する法規の解釈は常にアップデートする必要性を示唆してくれる事例であるように考えられる。対比として、租税法の基本的な要請として租税法律主義により、明示的に主体が同一であることを要求していない(原告の主張でも)点を鑑みるに、また明文をもっって平成24年改正によって対応している点からも現行法の解釈における負担の主体の一致を要求することに対してその論理的な根拠としては、適格なものであるのかという点は議論の余地があるものと考える。いずれにしても、平成24年改正による法文の追加が明確化を図る、確認規定であるのか否か、という点も考慮対象として行くことも必要であろう。現行法の解釈においてはかかる点は確認として、一般的に、一時所得の趣旨からあるいは所得類型に分類している趣旨からその判断は、導かれるものと理解している事になっているものと捉えれよう。
(一時所得)
第三十四条 一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。
2 一時所得の金額は、その年中の一時所得に係る総収入金額からその収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)の合計額を控除し、その残額から一時所得の特別控除額を控除した金額とする。
3 前項に規定する一時所得の特別控除額は、五十万円(同項に規定する残額が五十万円に満たない場合には、当該残額)とする。
以上のように、本件の中心的な争点は、上記一時所得の算定において控除対象となる金額の範囲を以下に解するのかという点が問題となっている。収入を得るために支出した金額がどのように解されるのか、という点は、勝馬投票券の事例でも問題となっているが本件のような保険においても重要な要因となっている。
本件のように保険契約の譲渡を伴うような事例は本来は一時所得に想定の対象であるのかという点も疑問を覚える点であるが(給与所得として課税対象とすべき場合もあるように評価されよう)、基礎的な条文の解釈、一般論としての一時所得の対象をどのように捉えるのか、という点が、本件のような特殊な事例ではあるが、問題とされている。保険契約の譲渡や、経費負担を本人以外が行うような事例は他に想定されるのかという点は実務家に聞いてみたい点である。
本件の事例としては下記のように現行法において、保険の控除対象を限定する形で明文をもって限定が付与されており、現在において直接的には問題となるような状況ではないのかもしれないが、本件も最判も一般的な所得税法における条文の解釈を通じて、個人負担を行ったものに限定される旨は一時所得においては重要な判定材料になっているものと理解されるべきであろう。すなわち、一時所得から控除されるものとして、所得に対して個人が負担したものに限定されると解しており、一般的な理解であろう。判示では、その判断は、担税力を起点としてその判断を行っており、担税力を減少させるものをその対象としている。個人の所得負担において担税力を減少させるものは、個人が負担したものに限定されるとの判断であろう。原告のように所得者と負担者が一致しないようなケースは従前は想定されていなかったものであるが、保険契約に限らず、金融取引の操作性から鑑みるに、このような負担者の相違に関しては、法はどのように捉えているのかという点を理解する必要性があろう。本件のような主体の統一を要求する解釈は法文というよりは、租税負担の類型、所得類型の性格に、一時所得の性格に着目した判断であり、法文上の根拠という点では劣位とも評価されうる。特に担税力という概念を基礎としているが、かかる概念は法文上は存在しない概念であり、もって必ずしもその具体的な意義内容が確定しているものではない。かかる点を基礎としている判断は検討の余地があるのではないか。私見としては結論は賛成を示すものであるが、控除対象において直接との文言を付与されている点から、個人負担に限定する解釈が導けるのではないかと考えている。
所得税法施行令183条
2 生命保険契約等に基づく一時金(法第三十一条各号(退職
二 当該生命保険契約等に係る保険料又は掛金(第八十二条の三第一項第二号イからリまでに掲げる資産及び確定拠出年金法第五十四条第一項(他の制度の資産の移換)、第五十四条の二第一項(脱退一時金相当額等の移換)又は第七十四条の二第一項(脱退一時金相当額等の移換)の規定により移換された同法第二条第十二項(定義)に規定する個人別管理資産に充てる資産を含む。第四項において同じ。)の総額は、その年分の一時所得の金額の計算上、支出した金額に算入する。ただし、次に掲げる掛金、金額、企業型年金加入者掛金又は個人型年金加入者掛金の総額については、当該支出した金額に算入しない。
イ 旧厚生年金保険法第九章(厚生年金基金及び企業年金連合会)の規定に基づく一時金(第七十二条第二項(退職手当等とみなす一時金)に規定するものを除く。)に係る同項に規定する加入員の負担した掛金
ロ 確定給付企業年金法第三条第一項(確定給付企業年金の実施)に規定する確定給付企業年金に係る規約に基づいて支給を受ける一時金(法第三十一条第三号に掲げるものを除く。)の額に第八十二条の三第一項第二号イからリまでに掲げる資産に係る部分に相当する金額が含まれている場合における当該金額に係る法第三十一条第三号に規定する加入者が負担した金額
ハ 第七十二条第三項第五号イからハまでに掲げる規定に基づいて支給を受ける一時金(同号に掲げるものを除く。)の額に第八十二条の三第一項第二号イからリまでに掲げる資産に係る部分に相当する金額が含まれている場合における当該金額に係る第七十二条第三項第五号に規定する加入者が負担した金額
ニ 小規模企業共済法第十二条第一項(解約手当金)に規定する解約手当金(第七十二条第三項第三号ロ及びハに掲げるものを除く。)に係る同号イに規定する小規模企業共済契約に基づく掛金
ホ 確定拠出年金法附則第二条の二第二項及び第三条第二項(脱退一時金)に規定する脱退一時金に係る同法第三条第三項第七号の二(規約の承認)に規定する企業型年金加入者掛金及び同法第五十五条第二項第四号(規約の承認)に規定する個人型年金加入者掛金
4 第一項及び第二項に規定する保険料又は掛金の総額は、当該生命保険契約等に係る保険料又は掛金の総額から次に掲げる金額を控除して計算するものとする。
三 事業を営む個人又は法人が当該個人のその事業に係る使用人又は当該法人の使用人(役員を含む。次条第三項第一号において同じ。)のために支出した当該生命保険契約等に係る保険料又は掛金で当該個人のその事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額若しくは山林所得の金額又は当該法人の各事業年度の所得の金額の計算上必要経費又は損金の額に算入されるもののうち、これらの使用人の給与所得に係る収入金額に含まれないものの額(前二号に掲げるものを除く。)