2018年3月16日金曜日

判例裁決紹介(診療所引継ぎに関する対価の営業権該当性、平成29年5月8日裁決)

さて、また興が乗ったので判例裁決紹介を作成しました。
今回は平成29年5月8日裁決で、医師夫婦間での診療所の引継ぎに関して支払った対価の額が営業権として該当するものであるのか否かという点が問題となった事例です。最終的には営業権の該当性を否定している事例です。

具体的に本件は医師である請求人が配偶者から診療所を引き継ぐに当たって対価として支払った金員が減価償却資産としての営業権に該当し、もって償却費の必要経費計上を含めた確定申告をなしたところ、当該営業権の計上が否認されたことを不服として提起された事例である。すなわち、医師間での契約による診療所引継ぎに係る支払対価の額につき、如何なる租税法規における評価を受けるものであるのかという点が問題となっているものと捉えられる。なお、営業権としての計上が否認される場合においては、当該支払額は所得税法56条に該当し、必要経費としての存在を抹消されるべき対象であることになるため、ここに営業権としての認定の重要性が隠れているものでもあり、いささか変則的ではあるが、従前より課題となっている専門家同士の夫婦・家族間における所得分散を禁止する所得税法56条における適用対象に関する課題が背景にあるものとも評価し得よう。但し、本件でも若干ではあるが請求人の主張に56条の適用制限、適用要件の縮小解釈の主張が行われているものであるが、本件では主たる論点とはなっていない。

あくまでも本件は医師という専門資格が前提となる専門職における事業承継時における金員の発生が起点となっているものであるが、上記56条の適用による所得分散における租税回避の防止の潜脱防止という観点も含め、さらには、個別具体的な資産の引継ぎ(おそらく実務ではこの個別的な認定が非常に細やかで煩雑であり、もって、算定が困難であるような事実関係から営業権を認定しているような状況も想定されるところではあるが)を超過してあるいは看板やブランド(実際に超過収益力を生み出す可能性があるものであるのかという点は、定かではないが)として認定し、一定の対価を支払う、プレミアムを支払うような行為は、通常取扱われるような状況であろうし、近年の事業承継税制の拡張に伴う一般的な事業承継の拡大を鑑みるに、このような支払対価の額を如何にして租税法規において反映させるべきであるのかという点は、上記のように本件は医師という専門資格によるべきものであるが、税理士や弁護士などの他の資格職、専門職においても本件のような取引は想定されるものであり、特に営業権の成立を否定したプロセス及びその前提となる営業権の解釈として本件は参考とすべき事例であるだろう。

第六条 法第二条第一項第十九号(減価償却資産の意義)に規定する政令で定める資産は、棚卸資産、有価証券及び繰延資産以外の資産のうち次に掲げるもの(時の経過によりその価値の減少しないものを除く。)とする。

八 次に掲げる無形固定資産
イ 鉱業権(租鉱権及び採石権その他土石を採掘し又は採取する権利を含む。)
ロ 漁業権(入漁権を含む。)
ハ ダム使用権
ニ 水利権
ホ 特許権
ヘ 実用新案権
ト 意匠権
チ 商標権
リ ソフトウェア
ヌ 育成者権
ル 営業権

以上のように本件の中心的な争点は当該対価額が営業権として評価を受けるべきものであるのかという点が課題となっている。上記のように所得税法施行令では、減価償却資産として列挙を行っているが、当該項目において、無形資産を対象とすることとしており、さらに具体的に列挙を行っている。この中で営業権が規定されているものであり、この具体的意義が従前より検討されているものである。判断では、下記のように営業権を理解しており、
「営業権とは、当該企業の長年にわたる伝統と社会的信用、立地条件、特殊の製造技術及び特殊の取引関係の存在並びにそれらの独占性等を総合した、他の企業を上回る企業収益を稼得することができる無形の財産的価値を有する事実関係をいい、当該事実関係は、それが個々の主観的要素を離れて営業組織に客観的に結実した形で表象された場合に初めて減価償却資産となる営業権に該当するものと解するのが相当である。」

基本的に従前と異なるものではなく、かかる点では特段特徴的なものではないものと考えられる。しかるに具体的な事実関係と判断のメルクマールを如何にして抽出するものであるのかという点が本件の重要な点ではないだろうか。引継ぎ対象となる診療所がわずか10ヶ月しか運営されておらず、運営実績として評価するものとして実質的に短期間であることが、最も営業権としての認定に対して違和感を覚えさせているものであるように考えられるが、他の企業と比してより高い収益獲得能力に対して財産的価値を認めているものであり、その成立タイミングとして主観的な要素を離れて営業組織に帰属していることをその具体的な成立のタイミングとして解している。収益を基礎とした判断であり、収益を獲得しない法人においてはその成立を否定することになるものであるのかなど、より検討すべき点は多いものの(かかる点では医療系においては微妙ではあろうが)、本件においては主観的な要因を離れた形で結実しているのか否かという点が重要な判断要因になっており、具体的には医療という医師としての専門資格に基づく判断の集成として一身専属的であり、その営業権としての成立を否定しているものであろう。

課税庁は基本通達においても、下記のように営業権の評価として、以下のように示している。法令上の根拠がどこにあり、この措置の具体的な合理性をいかにして判断されるべきであるのかという点は疑問を覚えるものであるが、特に超過利益金額を標準企業者報酬と対比させた上で認定している点など、その具体的な評価に関してはより合理的な方策の余地があるように考えられる。またこの部分においても医師等の営業権に関しては評価を行わないとして明示している点もより重要な点であろう。この点も法規として如何なるものに依拠しているのかという点はより検討が必要であるものと考えられる。

基本通達

(営業権の評価)

165 営業権の価額は、次の算式によって計算した金額によって評価する。(平11課評2-12外・平16課評2-7外・平20課評2-5外改正)
平均利益金額×0.5-標準企業者報酬額-総資産価額 × 0.05 =超過利益金額
超過利益金額×営業権の持続年数(原則として、10年とする。)に応ずる基準年利率による複利年金現価率=営業権の価額
(注) 医師、弁護士等のようにその者の技術、手腕又は才能等を主とする事業に係る営業権で、その事業者の死亡と共に消滅するものは、評価しない。
「医師は、一般に、その有する専門的知識、経験、医学的・経験的技能等を駆使して診療等の業務を行うものであるところ、医師が業務を行うに当たって執るべき診療方法等は、その職務の性質上、一律に定まるものではなく、個々の医師の専門的知識等により左右されるものである。また、医師の行う業務は、個々の医師の人格識見をはじめ、その有する専門的知識等に対する患者の信頼を前提に、守秘義務の下での患者からの心身の状況等についての率直な事実の開示や患者の承諾を得て承認された方法で行われる診療等に基づいて確立される個人的信頼関 係を基礎として行われるものである」
本件判断も上記のようにこの取扱を基本的に踏襲しており、医師としての業務に関わるものとして本件の診療所に関する対価は営業権としての性格を持ち得ないとして判断している。このような医師としての業務に基礎をおいた判断は、すなわち一身専属的な営業活動によるものとしての判断は、医師としての超過稼得価値を検討するものであり、より拡張的な判断に及び得るものとして他の専門職においても波及するものとして捉えられるものであり、かかる点からは法令上の根拠を如何にして検討すべきであるのかという点はより検討すべきでものではないだろうか。このような判断は事実上、専門職において営業権の成立を否定するような状況であり、実質的に営業権の範囲を限定的に捉えるものとしているとも指摘され、法が減価償却資産として営業権を対象としている点と矛盾するものとも評価されうるものという指摘もありえよう。
しかしながら営業権は無形固定資産として捉えられるものであり、かつ法的には他の特許権等とは異なり法的な保護を受けるべきものではない。しかるに安易な認定は上記のような所得税法56条による家族間の所得分散を潜脱、あるいは国際租税における所得分散(利用料等)にもつながるものであり、いわゆる租税回避に繋がる可能性が危惧される。事実関係の認定において租税回避を防止することはそもそも租税法律主義としての租税法規の基本的な要請において合致するものであるのかという点は議論の余地があろうが、主観的な要因に裏打ちされている段階ではその認定を否定する点は租税法規の適用として租税負担の公平性を確保する点で客観的な状況を基礎とすべきという観点からは、合理的なものであるとも考えられる。このような判断プロセスにおいて如何にして客観的な状況として認定されうるべきものであるのか、あるいは本件のような専門職において営業権の成立をそもそも否定するものであるのかという点は、興味深い点ではあるが、客観性をいかにして確保して超過稼得能力を証明することになるのかという点は、その立証において非常に困難が生じる(そもそも評判やブランドなどは主観的な要因に起点をおいているものであろう、例えば私から見ればブランド品なんてただの高いカバンだし・・・専門職に限らずこのような主観的な要因に基づくものである以上その具体的な認定は非常に困難であり、ここから頭の体操としては、口コミサイトの評判・評価を如何にして本件のような状況においてどのように取扱われるべきであろうか)点は留意されるべきであろう。おそらく時の経過(しかるに本件はこの点からも営業権の存在を認定し難い)が客観的なメルクマールとしては一般的かもしれないが、そもそも専門職においてこのような時の経過は必ずしも合理的であるのかという点は、必ずしも定かではなく、この点のみをもって営業権の裏打ちは困難でもあろう。
また上記のように、本件の中心的な争点とはなっていないが、下記のように本件のような配偶者間の所得の分散、対価の支払が必要経費として該当しうるものであるのか、すなわち56条の適用があるものであるのかという点が課題となる本件はこの潜脱にも関わる点もまた理解されるべきではないだろうか。従前よりこの56条の適用は弁護士夫婦事件(あまりこのような言い方は、裁判例を固有名詞とするもので好みではないのですが、)を契機に専門職を基礎とする家族間における費用支払までも適用対象とするものであるのかという点で多様な観点から法令解釈、立法論が存在しているところではあるが、本件のようにこのような対価の支払もこの対象となりうるものであるのかという点は興味深い。請求人が主張するように事業に従事したことその他の事由によりという部分を以下に解釈するのかという点がその適用対象を左右するものとして判断されることになろうが、このその他に関してその前の部分の事業に従事したとの関係をどの程度反映させるべきものであるのかという点からアプローチを行っている点が珍しいものではないだろうか。その他、その他のという法令用語としての一般的な法令解釈の有名な課題でもあるが、そもそもその堆肥対象たる事業の意義が租税法規において必ずしも明らかとは言えない点もまた留意されるべきものである。56条の存在意義は非常に議論が多い分野でもあるが、近年の働き方改革や、ICTの発達による給与所得者も含めた個人事業主の拡大は、このような所得分散の可能性を改めて議論すべき段階に来ているものともいえ、この法規の意義や限定適用等の議論が改めて必要となるものといえるのかもしれない。
(事業から対価を受ける親族がある場合の必要経費の特例)
第56条  
居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入しないものとし、かつ、その親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する。この場合において、その親族が支払を受けた対価の額及びその親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、当該各種所得の金額の計算上ないものとみなす。
以上、毎度のごとく論文Stockとして作成しているものですので完成度は低いですが参考までに。

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