2017年6月6日火曜日

判例裁決紹介(平成28年6月22日裁決、肉用牛販売に関する農業所得の特例と災害補償)

さて、また興が乗ったので、判例裁決紹介を作成しました。
今回は、平成28年6月22日裁決で、東日本大震災に伴う原子力発電所事故によって得た補償と肉用牛販売に関する農業所得の特例適用が争われたものです。

具体的には、農業として肉用牛の育成販売を営む請求人が、東日本大震災によって当該肉用牛が全頭死亡し、かかる損害に対して補償金を受領したケースにおいて、当該受領金の所得を損害賠償金ではなく、肉用牛の売却にかかる租税特別措置法25条の農業所得課税の特例の適用(免税)を受ける売却収入であるとして確定申告をしたところ、当該補償金の受領(非課税となる賠償金には該当せず、営業補償)は、租税特別措置法に定める売却には該当しないとして、その適用を否認した更正処分を行ったことから、納税者の責めに帰すべき事情により法が求める売却の機会が失われたものであり、制度適用を認められるべきであるとして当該更正処分の取消を求めたものである。なお、請求人は制度適用に関する書類添付要件を満たしていない。

本件は、東日本大震災に伴う原子力発電事故によって立入りが制限された区域において、肉用牛の販売の業務を行っていた請求人に対して、下記租税特別措置25条に定める肉用牛売却による農業所得の免除の特例の適用が認められるか否かが争われた事例である。事実認定や法令解釈が問題となっているものというよりは、災害等による特別な事情を考慮して法令における要件の拡張が図られるべきか否かという租税政策としての問題であるようにも捉えられる。

納税者が受領したこのような事故に伴う損失補償として受領した金員が本来ならば、得られた肉用牛売却と同様のものであるとして当該金員が通常の農業所得としての肉用牛売却の対象として理解した上で、請求人は本来ならば、当該制度の適用によって得られたであろう所得税の軽減を受け得なかったことに対して、本件問題の補償金の受領が指定の売却方法によるものではないことによって、当該特例の要件を充足せず、納税者の責任に帰すことがない事情によって当該指定売却によることができなかったことを不服として、提起されたものである。

このような肉用牛の売却にかかる農業所得の特例自身あまりメジャーのものではないが(私も事例として初耳)、実務においては、租特に対する認識・適用要件をを理解する上で、参考になるものと考えられる。納税者の感情論として本来ならば負担するいわれのない租税負担を行うことになり、かかる点において不服を覚えたということになるだろう。東日本大震災とそれに付随する立入り制限によって負担を負っていることも考慮すれば、感情論としてこのような租税負担は酷であるとの認識を持つことは容易に想像されるが、かかる点は租税政策や政治的判断に於いて議論されるべき問題であり、租税法の研究課題となるべきものではないとの意見もありえようが、しかしながら、本件の問題になった背景にある肉用牛の売却に関する農業所得の特例は、租税特別措置であり、単に個別の政策的規定、措置と理解するのみならず、租税特別措置が如何なる性格をもっていいるのか、実質的な納税者間の公平性を犠牲にしつつも、一定の政策目的の達成を企図して採用されているものであり、このような制度背景を理解しておくことは重要な点であるだろう。すなわち、特買い特例による租税負担の軽減は単に納税者の租税負担を軽減する、便宜規定・権利・恩典、と理解することは妥当ではなく、実質的に納税者の権益として理解されるべきものではないという点は念頭に置かれるべきであろう。

本件の適用要件に関する判断は、下記のように、一定の要件を充足した対象となるものであり、その適用要件としては、指定の売却方法によることが求められている。

第二五条 農業(所得税法第二条第一項第三十五号に規定する事業をいう。)を営む個人が、昭和五十六年から平成二十九年までの各年において、次の各号に掲げる売却の方法により当該各号に定める肉用牛を売却した場合において、その売却した肉用牛が全て免税対象飼育牛(家畜改良増殖法(昭和二十五年法律第二百九号)第三十二条の二一項の規定による農林水産大臣の承認を受けた同項に規定する登録規程に基づく政令で定める登録がされている肉用牛又はその売却価額が百万円未満(その売却した肉用牛が、財務省令で定める交雑牛に該当する場合には八十万円未満とし、財務省令で定める乳牛に該当する場合には五十万円未満とする。)である肉用牛に該当するものをいう。次項において同じ。)であり、かつ、その売却した肉用牛の頭数の合計が千五百頭以内であるときは、当該個人のその売却をした日の属する年分のその売却により生じた事業所得に対する所得税を免除する。
一 家畜取引法(昭和三十一年法律第百二十三号)第二条第三項に規定する家畜市場、中央卸売市場その他政令で定める市場において行う売却 当該個人が飼育した肉用牛
二 農業協同組合又は農業協同組合連合合のうち政令で定めるものに委託して行う売却 当該個人が飼育した生産後一年未満の肉用牛

文理解釈によるまでもなく、一定の市場等での売却がその対象となっていることは明らかであり、

「請求人は、■■事故に起因して、飼育していた肉用牛■■■を放逐したまま避難することとなったため、請求人には、当該肉用牛を決められた市場で売却する機会すら与えられなかったことは、請求人の責めに帰すことができない客観的事実である旨主張する。 確かに、請求人が主張するとおり、■■事故に起因して、請求人が震災時に飼育していた肉用牛が全頭死亡することとなり、措置法第25条第1項各号に規定する売却する機会が失われたことが認められる。しかしながら、本件特例の適用要件が満たされていないことは上記(2)のとおりであり、また、本件特例の適用に関し、措置法第25条第5項において、同条第1項各号に規定された売却の方法により肉用牛を売却した場合における本件特例の適用に係る記載及びその事実を証する書類の添付等に関するゆうじょ規定が設けられているものの、同条において、当該方法で売却できなかった場合のゆうじょ規定は設けられていないことから、請求人の主張は採用できない。」

と判断しているように、当該売却ができなかったことに対する宥恕規定は存在しておらず、かかる点で、東日本大震災による未曾有の事情であったとしても本件租特の対象として救済適用差対象と判断することは、要件に存在しない条件による法の適用を求める(実質的に法令を作成している)ものであり、租税法の基本的要請に鑑みても、租特適用を否定した本件判断は妥当であるといえよう。そもそも、かかる判断の背景には、租税特別措置に対する理解認識が背景にあり、対象として単に納税者が酷であるとかによって左右されるべき性格であるのか否かという点は、租税を扱うものとして基本認識として理解されるべきものと考えられる。本件のような問題は、かかる基本的な前提のもとで政策論として取り扱われるべきものといえよう。かかる点で、本件は、非常に重大な災害ではあるものの、冷静な対応を図るべきであることを示唆しており、指針として評価されるべきものであり、教訓的な示唆、意義があるものといえる。

「措置法第25条の規定は、国内の肉用牛の増殖飼育を奨励し、併せて国内の牛肉価格形成の合理化に資するため、農業を営む個人が行う一定の要件を満たした肉用牛の売却については、その売却に係る所得については、所得税を免除するというものである。措置法第25条第4項が、本件特例の適用を受けるための手続要件を定めているのも、適正迅速な税務処理に資することはもちろん、本件特例の適用を受けるための実体的要件を具備していることを証明する書類の添付を要することとして、本件特例の適正な運用を図ることを目的とするものと解される。」

また、本件で問題となった租特は、肉用牛の販売に関して一定の要件を満たす対象であれば、当該肉用牛の売却に伴う事業所得、農業所得を免税とする規定である。係る制度趣旨は、上記のように肉用牛に関する増殖飼育奨励や価格形成の合理化というものである(私見としては、この政策目的が合理的であるのか、また手法が妥当であるのかという点は疑問であるが)。従って、適用要件としては、市場による売却を求めているものとして理解される(価格形成の観点から)。請求人はその主張において納税者の責めに帰すべきものができない事情によって具体的な適用要件の充足ができなくなったことを背景として、この制度適用を求めているが、上記のように租税特別措置が、単なる権利恩典ではなく、一定の政策目的の手段として納税者間の租税負担の公平性を犠牲として適用が行われるものであり、非常自体、未曾有の事態ではあるものの、本件の適用要件の解釈の変更や拡張的な解釈を行うことは、新たな法令の創造に属するものであり、租税法の基本的な要請から鑑みて、かかる判断は困難である。感情論として、納税者の状況は租税負担を求めることは酷であるとの認識は、否定されるべきものではないが、本件制度、及び租税特別措置一般において、上記のように、一定の政策目的実現と、納税者の公平性の間で衡平を図るべく、設けられたものが適用要件であり、軽々しく取り扱われるべきものとは考えられない(冷酷という非難もあるだろうが)。


 第一項又は第二項の規定は、確定申告書に、これらの規定の適用を受けようとする旨及びこれらの規定に規定する事業所得の明細に関する事項の記載があり、かつ、これらの規定に規定する肉用牛の売却が第一項各号に掲げる売却の方法により行われたこと及びその売却価額その他財務省令で定める事項を証する書類の添付がある場合に限り、適用する。
 税務署長は、前項の記載又は添付がない確定申告書の提出があつた場合においても、その記載又は添付がなかつたことについてやむを得ない事情があると認めるときは、当該記載をした書類及び同項の証する書類の提出があつた場合に限り、第一項又は第二項の規定を適用することができる。第一項の規定の適用を受ける者が確定申告書を提出しなかつた場合において、その提出がなかつたことについてやむを得ない事情があると認めるときも、同様とする。

更に、本件では中心的な争点になっていないが、租特の適用にあたり、書類の添付要件も問題となる。本件制度においても宥恕規定としてやむを得ない事情があった場合を除き、上記のように、明細等の書類添付要件が定められている。手続規定として単なる形式的な条件であるかのように理解される場合もあろうが、この書類添付要件も上記租特の基本的な性格によれば、政策目的の実質的な履行を図る手段として、その明細等によって担保する趣旨であり、内容面の適正性も含め、租税の実務家としては理解しておくべきものといえよう。租税特別措置一般において、このような書類添付要件は法定されており、シンプルな要件ではあるが、通常の帳簿記載、証憑等の保存規定以上に厳格に解されるべきものであり、重要な要件であると認識しておくべきであろう。

以上です。毎度のごとく論文stockとして作成しているものですので完成度は低いですが参考までに。

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