2017年4月29日土曜日

判例裁決紹介(平成28年6月6日、同一事由による納税猶予の否定)

さて、また興が乗ったので判例裁決紹介を作成しました。今回は、平成28年6月6日裁決で、病気になったことを理由とした納税の猶予制度の再適用・再申請が否定された事案です。

具体的には、病気により、納税の猶予を認められていた請求人(二年間)が、当該病気の継続によって、納税が困難であるとして、再度、納税の猶予制度の適用(一年間)を所轄税務署長に対してなしたところ、同一の理由に基づく申請は、延長の期間制限があり、その期間制限に抵触するとして、本件猶予申請の適用を否認・不許可としたことを不服として提起されたものである。

本件は、すでに納税の猶予が認められていた、請求人が同一の理由に基づき、再度当該猶予を求めたものであり、前提事実として基本的に、病気を理由とする納税者の納税が困難となった事案であり、納税者にとって、感覚的には・主観的には同情すべき事案ではあるが、かかる点を、基本としてその救済を目的とする議論は、人権等をベースとした議論として傾聴に値するものとしては、考えられるが、単なるヒューマニズムに基づいた議論は冷静な判断を損なうものであり、まずは、現行法制度を前提として如何に法文が解され、制度適用があるべきであるのかという点が一義的に議論されるべきであると考えられる。すなわち猶予制度の基本的な制度趣旨、制度背景と法に定めのない再申請(言葉の問題であるのかもしれないが、延長も)に対して、いかなる対応がなされるべきであるのかという点が問題となったものである。法令解釈として猶予制度における下記のような要件が如何に解され、適用されるべきであるのかという点が中心的な争点であり、下記条文の解釈論、特に国税通則法46条7項の解釈が争われたものであるが、同時に猶予制度の基本的な背景をベースとした立法論が問題となったものであると捉えられる。実務的に、納税の猶予が問題となるべき事案は少ないものと考えられるが、近年はこの種の猶予制度の適用は増加しており、事案としては珍しく、法が定めた猶予制度の基本的な要件の解釈論を理解する上で有益な事例であるものと考えられる。

第四六条 税務署長(第四十三条第一項ただし書、第三項若しくは第四項又は第四十四条第一項(国税の徴収の所轄庁)の規定により税関長又は国税局長が国税の徴収を行う場合には、その税関長又は国税局長。以下この章において「税務署長等」という。)は、震災、風水害、落雷、火災その他これらに類する災害により納税者がその財産につき相当な損失を受けた場合において、その者がその損失を受けた日以後一年以内に納付すべき国税で次に掲げるものがあるときは、政令で定めるところにより、その災害のやんだ日から二月以内にされたその者の申請に基づき、その納期限(納税の告知がされていない源泉徴収による国税については、その法定納期限)から一年以内の期間(第三号に掲げる国税については、政令で定める期間)を限り、その国税の全部又は一部の納税を猶予することができる。
一 次に掲げる国税の区分に応じ、それぞれ次に定める日以前に納税義務の成立した国税(消費税及び政令で定めるものを除く。)で、納期限(納税の告知がされていない源泉徴収等による国税については、その法定納期限)がその損失を受けた日以後に到来するもののうち、その申請の日以前に納付すべき税額の確定したもの
イ 源泉徴収による国税並びに申告納税方式による消費税等(保税地域からの引取りに係るものにあつては、石油石炭税法(昭和五十三年法律第二十五号)第十七条第三項(引取りに係る原油等についての石油石炭税の納付)の規定により納付すべき石油石炭税に限る。)、航空機燃料税、電源開発促進税及び印紙税 その災害のやんだ日の属する月の末日
ロ イに掲げる国税以外の国税 その災害のやんだ日
二 その災害のやんだ日以前に課税期間が経過した課税資産の譲渡等に係る消費税でその納期限がその損失を受けた日以後に到来するもののうちその申請の日以前に納付すべき税額の確定したもの
三 予定納税に係る所得税その他政令で定める国税でその納期限がその損失を受けた日以後に到来するもの

 税務署長等は、次の各号のいずれかに該当する事実がある場合(前項の規定の適用を受ける場合を除く。)において、その該当する事実に基づき、納税者がその国税を一時に納付することができないと認められるときは、その納付することができないと認められる金額を限度として、納税者の申請に基づき、一年以内の期間を限り、その納税を猶予することができる。前項の規定による納税の猶予をした場合において、同項の災害を受けたことにより、その猶予期間内に猶予をした金額を納付することができないと認めるときも、また同様とする。
一 納税者がその財産につき、震災、風水害、落雷、火災その他の災害を受け、又は盗難にかかつたこと。
二 納税者又はその者と生計を一にする親族が病気にかかり、又は負傷したこと。
三 納税者がその事業を廃止し、又は休止したこと。
四 納税者がその事業につき著しい損失を受けたこと。
五 前各号のいずれかに該当する事実に類する事実があつたこと。


 税務署長等は、第二項又は第三項の規定により納税の猶予をした場合において、その猶予をした期間内にその猶予をした金額を納付することができないやむを得ない理由があると認めるときは、納税者の申請に基づき、その期間を延長することができる。ただし、その期間は、既にその者につきこれらの規定により納税の猶予をした期間とあわせて二年を超えることができない。

本件の猶予制度の対象となった要件は、上記の国税通則法46条2項に定めのあるものが対象となった。1項に定める災害損失による納税が困難になった場合における納税の猶予制度とは異なり、一定の制限を設けた上で、税務署長等に対して一年以内に限り、その猶予を行うことを許可している。いわゆるできる規定であり、一定の事実関係のもとで、課税庁に対して一定の裁量を与え、その適用の是非を判断することを認めているものとなっていると解される。従って、一義的には、この課税庁における不許可の処分が妥当であるのか、裁量の範囲を逸脱したものであり、不当と評価されるべきものであるのかという点が問題となる。本件は上記のように、同一の理由に基づく、猶予の再申請であり、実質としてすでに許可された猶予制度の適用を延長することを目的としてなされた請求人の申請であるから、その適用は上記7項により、既にその者につき、これらの規定によりとして延長の期間制限が認められないと判断されたものである。基本的に条文を文言通りに解釈したものであり、その判断の是非は妥当と評価されるものである。

当該請求人は、本件の請求は再申請を行ったものであるとして、法令の定めとして、明文をもって再申請を禁止していない以上、その適用は、上記条文に基づき、一定の事実関係の存在を起点として、猶予制度の適用が判断されるべきであるとして主張しているが、かかるような請求人が求める再申請が7項に定める状況の対象外であるのかという点が問題となっている。私見としては、たしかに、法文は制度をもって明確にその再申請を禁止していないものの、延長や再申請という、文言の相違により、いわば言葉の問題であるように考えられるが、基本的に制度として納税の猶予は原則として、その適用期間を二年に制限しているということを考慮するならば、安易に拡張的・類推解釈を行って明文の禁止がないものとして、同一の理由に基づく再申請を許可すべきと解することは、法の定めた処理に反する処理を税務署長等に求めるものであり、租税法の基本的な要請、特に合法性の原則に反するものと理解するべきであろう。

2項は1項と異なり、適用において、該当する事実に基づくことが要請され(因果関係)、また、猶予金額も制限が付せられている。解釈論としてこの、法定の事実関係がいかなるものであるのか、という点がまず問題となる。本件で問題となった病気であるが、特に制限を付与しておらず、実際上、その適用の可否については、納付が困難であるとの事実関係との因果関係のみが問題となるものである。この因果関係をどの程度の関係性を求めるのかという点は、必ずしも定かではなく、この点は、検討すべき課題である。基本的には、1項の猶予制度とは異なり、災害損失の発生による損失を起因したものではなく、別制度として設けられていることからも他の納税者との衡平から考えて、事実関係と納税の困難であることとの間で、直接的な因果関係が認められべきものであるのではないだろうか。この点は、基本的に納税者の申請に基づく制度適用が図られていることからも肯定されるものと考えられる。

そもそも本件の判断と請求人の主張との相違は基本的な本件の猶予制度の基本的な理解、制度趣旨に対する認識の相違にあるものといえる。すなわち、納税者の基本的な権利、おそらくは憲法上の生存権の確保・財産権の保護に基づく要請であるとした理解と納税義務の発生と一定の事由の発生を背景とした例外的な救済的な制度であるのかという点で相違があるように考えられる。私見としては、本件猶予制度はあくまでも例外的な救済制度であり、納税義務の発生においては、その起因として一定の所得の発生が背景にあることからも、一定の事由に基づく、一時的な納税の困難を救済する制度であるとして理解するべきであり、通常の納税義務を果たした納税者との負担の公平性と一定の事実関係による救済との衡平がその背景にある制度であるとして理解するべきであり、基本的な権利としてその適用が、認められるべきと考えることは制度趣旨に反するものと理解するべきであろう。

(納税者の帰責性)
8-2 この条第2項各号に該当する事実は、納税者の責めに帰することができないやむを得ない理由により生じたものに限る。
また、本件とは直接の関連はないが、上記のように法令解釈通達が提示されている。この納税者に対する帰責性が如何にして解釈されるのかという点は、その根拠が必ずしも明確ではない。この点も猶予制度の実際の適用を判断するに当たって、上記の具体的な事実に対して当てはめる上で、重要な課題であり、実質的な適用対象範囲を律するものであろう。この点でおそらくは上記と同様に猶予制度の基本的な制度趣旨に基づくものと想定されるが、この点もより検討していくべきであろう。

加えて、7項の適用において、二年間の猶予の期限に関しては、「既にその者につきこれらの規定により」   という制約が設けられている。これにより、本件の対象となるべき同一理由に基づく猶予制度の延長が認められないものと考えられるが、この転移つき、具体的な猶予の条件として、これらの規定を如何に理解するのかという点が問題となるように考えられる。すなわち、上記猶予制度の各1,2項の規定が同一の者に対して適用された場合において期間制限の対象とするのか、各一定の事実関係に応じて、判断されることになるのかという点が明示的ではない。この点は今後の課題であるといえよう。

本件の事例のような病気の場合、病気にも、例えば慢性的なものなど、多様なものが想定され、必ずしも、一律に規制を法によって確定することは、困難である。制度上の想定において詳細に定めていないことが問題であり、基本的な権利として理解する立場からからは、法の不備であるという指摘もありえようが(特に慢性的な、あるいは長期間に渡るような病気等に関しては如何にこの制度において捉えていくのかという点)、上記のように当該猶予制度を捉えるならば、基本的には納税義務の発生において、一定の所得の発生が想定され、納税が困難であるような状況との因果関係が問題になるものであり、納税者からの申請と税務署長等による裁量に委ねる制度が一定の合理性を有していると捉えられる。制度的に、あるいは立法論として、特に慢性的な病気や治療に長期間を要するような状況において、より実効的な期間制限を行うことは立法論として課題であることは否定し得ないが、単に請求人の状況が酷であるとの判断に基づく主張において、単なる感覚的・主観的な議論ではなく、上記のような基本的な猶予制度に対する納税者間の公平性や救済の衡平において、捉えた議論が必要であり、納税者側の基本的な事情のみを主張して制度的な解決を図ることは合理的な根拠を有しているものではないと考えるべきであろう。


以上です。
毎度のごとく論文stockとして作成しているものですので完成度は低いですが、参考までに。

2017年4月20日木曜日

判例裁決紹介(平成28年6月6日裁決、独立当事者間基準と同族会社の行為計算否認)

さて、また興が乗ったので、判例裁決紹介を作成しました。今回は平成28年6月6日裁決で、請求人がなした、関連会社への外注費の金額が不当に高額であるとして、132条の同族会社の行為計算否認を適用し、当該費用の損金計上を否認した事例です。

具体的には、Web Serverのレンタル、保守管理を業務とする請求人が、繰越欠損金を有する関連会社に対して業務を発注し、かかる業務発注に関する外注費として計上した金額が、請求人が請け負った受注金額よりも高額であり、かかる支払いは税負担を回避する目的に行われるものであって、不当に高額であると認定し、法人税法132条に定める同族会社の行為計算否認を適用し、損金計上を否認して、更正処分を行ったものであり、かかる処分の取消を求めて提起されたものである。最終的な判断としては、当該支払は、独立当事者間取引における価額と比して、不当に高額であり、処分行政庁の判断を是認して損金計上を否認している事例である。

本件は、Web Serverのレンタル保守管理を営む請求人が関連会社に外注した場合において、当該費用が高額であり、繰欠を活用した租税回避(このような表現が妥当であるのかは別途問題)、不当な法人税の減少を伴う行為であるとして、法人税法132条の同族会社の行為計算規定の否認が適用されるか否かが争われたものであり、中心的な争点は、その適用要件たる、一種の不確定概念であると判断される不当に減少、特に不当にという点を以下に解するべきであるのかという点が問題となったものと考えられる。基本的には、本件の意義としては、この不確定概念といってよい、不当概念、要件を如何に解するのかという租税法における従来の論点に位置づけられる問題であり、従来の議論の延長に属する問題であって、新規性という点で、かかる点からは特に問題となるものではないものと考えられる。但し、不当性を判断、不当な行為を認定する上で、かかる範囲を確定する点で参考となるものであり、実務的には有益なものであるとも捉えられよう。

しかしながら、本件では、かかる不当性の具体的な認定において、特徴的な点が見受けられる。すなわち、外注費の金額の不当性を判断するに当たって、その具体的な不当の判断材料として、明示的に独立当事者間の取引、価額の概念が活用され、具体的な判断が導かれている点が興味深い。

従来より下記のように、同族会社の行為計算否認を巡っては、下記の条文における法令解釈が従前争われており、学説も含め、如何なるものが、要件として不当に減少したものであるのかという点が、近年のIBM事件を紹介するまでもなく、議論が存在する。この点に関して金子『租税法』の第22版では、表現が修正され、如何なる意義をもって、その不当性を認定するのかという点が、議論が行われており、従来、その意義の変遷は租税法の中でも、現在においても、重要な課題であると考えられる。

第一三二条 税務署長は、次に掲げる法人に係る法人税につき更正又は決定をする場合において、その法人の行為又は計算で、これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その行為又は計算にかかわらず、税務署長の認めるところにより、その法人に係る法人税の課税標準若しくは欠損金額又は法人税の額を計算することができる。

上記のようにこの不当性の概念に関しては、当該行為等が純粋経済人の行為として不合理不自然であることとと解されることは明らかであり、近年の判例においてもまた、下記のように本件判断でも踏襲されている。ここで問題となるのがその具体的な判断基準となる客観的合理的な基準が如何なるものであるのかという点が問題であり、本件ではその点について、下記のように独立当事者間での通常の取引という概念との比準が提示されており、この点によって、判断が行われている。

 「法人税法第132条第1項の規定は、同族会社が少数の株主又は社員によって支配されているため、当該会社の法人税の税負担を不当に減少させる行為や計算が行われやすいことに鑑み、税負担の公平を維持するため、当該会社の法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる行為又は計算が行われた場合に、これを正常な行為又は計算に引き直して当該会社に係る法人税の更正又は決定を行う権限を税務署長に認めたものである。このような上記規定の趣旨に照らせば、同族会社の行為又は計算が、法人税法第132条第1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」か否かは、専ら経済的、実質的見地において、当該行為又は計算が純粋経済人の行為として不合理、不自然なものと認められるか否かという客観的、合理的基準に従って判断すべきものと解される。そして、法人税法第132条第1項が同族会社と非同族会社の間の税負担の公平を維持する趣旨であることに鑑みれば、当該行為又は計算が、純粋経済人として不合理、不自然なもの、すなわち、経済的合理性を欠く場合には、独立かつ対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引(以下「独立当事者間の通常の取引」という。)と異なっている場合を含むものと解するのが相当である。」
 
この独立当事者間の通常の取引という概念自体が、我が国の移転価格税制における独立当事者間基準と同一のものを指すものと解されるのかどうかという点は必ずしも本件判断では明示されていないが、基本的な概念として同一のものであると理解されよう。この独立当事者間基準による不当性の判断が本件のように明示的に活用されている点は、本件の特徴的な点であろう。本件は同族会社が行う否認対象の取引のうち、支払った損金の金額の不当性・合理性が問題となった事例であり、かかる点で、独立当事者間基準の概念が参照されうることは、今後の参考として実務的にも意義のあるものであるのではないかと考えられる。その他一般的に、すなわち金額の不当性の立証以外の局面において、利用されうるのかという点は、まだ検討課題であろうが、少なくとも金額の合理性を評価する上で、かかる概念からの判断が行われうることは留意すべき点である。

私見としては、このような金額に対する不当性、合理性の判断が事例として今後も増加している傾向にあるならば(おそらく、近年の傾向においてはグループ法人税制の適用・適用外しも増加しており、傾向に変化はないものと考えられる)、同族会社の行為計算否認規定が、歴史的に、その対象範囲を狭めてきている、すなわち不当に高額な役員給与等の規定が整備されてきた、歴史的な背景を考慮すると、移転価格税制の適用範囲の拡大等、制度的な、立法によって適用要件を明示的にするべく、対応が必要な状況になってくるのではないだろうか。
もちろんその具体的な独立当事者間基準の立証は、執行コストの増加を招くものであり、現状の移転価格税制を取り巻く環境も考慮するならば、その具体的な立証は、非常に負担をとmなうものであることも念頭に置かれる必要はあるが。

本件では具体的な当てはめにおいて、不当性の認定において、この独立当事者間の取引、金額とは異なるという点を判断根拠として実際の不当性の認定を行っている。現行の移転価格税制において、データベースや、事前確認、資料の整備等の規定が整理されてきたが、この点で、独立当事者間基準の適用は、同族会社の行為計算においては、明文の規定が存在しないものであり、高度な専門家が多数関わり(高コストではあるが)、その対応策が取られている移転価格税制とは立証の程度が、比準対象取引の算定や、金額の合理性を検証、異常ん取引の排除等において、異なる状態にある。この点が検討課題ではある。移転価格税制と同様のレベルでの立証は執行技術やコスト、納税者の理解等の状況から困難であり、具体的な基準を放棄により整備することで、その立証と執行の衡平を考慮した制度構築が図られるべきである。現状は、この独立当事者間基準の活用は課税庁、納税者共に如何なる基準の充足を図るべきであるのかという点が明確ではなく、双方による負担が増加するのみではないだろうか。

今後、同族会社の行為計算の否認規定の具体的な適用に対して、独立当事者間基準が特に金額の不当性・合理性を検証する段階において用いられていく傾向が支配的なものとなるか否かは、まだ不明瞭であるが、少なくとも同族会社の行為計算として対象となる取引として金額の合理性が問われるべき事例は、存在していくことであろうし、今後、専門家責任として、また、リスクマネジメントとして、移転価格税制における独立当事者間基準に対する理解に基づく、立証、資料の整備が必要となるような状況が求められることも考えられ、先行事例として移転価格税制に対する理解を深める必要があるように考えられる。

以上です。
毎度のごとく、論文Stockとして作成しているものですので完成度は低いですが、参考までに。

2017年4月15日土曜日

判例裁決紹介(東京地判平成28年5月24日、納骨堂に対する固定資産税の非課税)

さて、また興が乗ったので判例裁決紹介を作成しました。
今回は東京地判平成28年5月24日で、一部業界でも話題になっている、外注業者を利用した納骨堂に対する固定資産税の非課税措置の適用の是非が争われた事例です。

具体的には、宗教法人たる原告がその業務として、土地及び建物を所有し、納骨堂を運営(電動式で、イメージ的には機械式駐車場)していたところ、これを処分行政庁が固定資産税の非課税措置の対象とはならないとして固定資産税の賦課処分を行ったことに対して、原告が宗教法人の業務に活用するものであるとして非課税措置の適用があるものとして、提起した事案である。問題となった土地建物等、法令上の納骨堂経営の許可を行政(保健所)から受けており、ビルとして建築され、納骨参拝施設のほか法要の施設、会食施設等が復号的に整備された施設である。原告は、訴外の株式会社(仏壇等仏事設備の販売大手)に対して、この納骨堂に対する遺骨収集・販売業務について業務委託契約を締結している。この点が最終的には以下の条文の解釈において、中心的に争点となり、事実関係の認定において重要な判断の基準となったものと考えられる。また、当該施設は、曹洞宗の所属者以外にも納骨が可能であり、加えて原告の所属する曹洞宗以外の宗派の法要等を営むことが可能であり、実際に施設利用料を徴収して、広く訴外会社を活用して利用者を求めている。

以上から最終的に判示としては、原告の主張を排斥し、被告行政庁の主張を認め、これを以下の固定資産税の非課税措置の対象とはならないものとして判断している。

固定資産税は、その名の通り、不動産等、固定資産を課税客体とする租税であり、地方税、特に市町村において基礎的な財源として重要な位置づけを占める税源となっている。この性格の位置づけに関しては、種々議論があるところではあるが、基本的に課税対象の客観的な時価に基づき、課税標準を決定している。この評価は、不動産取得税等、その他の評価にも準用されており、租税制度において、極めて重要な意義を有するものとも評価されている。また、本件で主たる対象となった非課税措置に関しては、地方税法において定められており、課税を行うべきものを、公益性等、複数の趣旨に基づき、その課税を行わないとして制度化されたものである。その具体的な運用は各地方自治体に委ねられていることになっているが、地方税法の基本的な性格に基づき、その非課税は恣意的な運用を行うことは、租税法の基本的な要請に合致せず、租税負担の公平性を害することになる。このため、地方税法に基づく、一定の統一が図られているが、上記のように実際の運用レベルでは各地方自治体の判断によっており、この具体的な非課税規定の運用、解釈上の問題点は、かかる点で、租税法規の解釈論としても重要な意義を有するものと考えられる。

地方税法348条2項
 宗教法人が専らその本来の用に供する宗教法人法第三条 に規定する境内建物及び境内地(旧宗教法人令の規定による宗教法人のこれに相当する建物、工作物及び土地を含む。)
 墓地

地方税法は以上のように固定資産税の非課税となる対象を具体的に定め、個別に列挙する制度形式を採用している。本件で問題となった規定は上記地方税法348条2項3号4号であるが、この法規の解釈が中心的な問題となるといえよう。

そもそも、一般的に非課税規定の解釈の指針がいかなるものであるべきかという問題がある。租税法の基本的な要請から考えて、租税負担の公平性に上記のように影響を及ぼすものがこの固定資産税の非課税規定であり、問題はこの解釈においても、その意義の解釈において厳格に、解するべきであるのかという課題があろう。租税負担の公平性を考慮するならば、みだりに非課税規定の範囲を拡張的に解釈すべきものとは考えられないが、しかしながら、かえって厳格に解釈するべきであるとの判断は、必ずしも合理的ではない。そもそも租税法律主義の要請から考えるに租税法の文言に忠実に文理解釈することが原則的であると判断するべきであり、非課税規定であるがゆえに特別に配慮すべき点はないものと捉えられるが、非課税規定はその運用によっては、特定の納税者において有利となる取扱となる懸念もあり、また、他の納税者との間での公平性を損なうおそれがあることから、みだりに拡張的にその意義を理解するべきではないというレベルで非課税規定であるがゆえに特段の解釈指針と理解するのではなく、留意的な存在として理解しておくべきと考えられる。かかる点で、個別具体的な解釈を如何にして理解するのかという点が固定資産税の非課税規定の解釈として重要な課題となるのであろう。

本件で問題となる宗教法人に関する非課税規定の解釈としては、当然のごとく、憲法概念としての信教の自由との関連性も検討対象であろうが、本件では中心的な争点となっておらず、また、租税法規における解釈として、特段、かかる点を考慮して解釈事実認定を行うことを要請しているのかという点は課題であるが、私見として制度論として、この限定的な列挙方式において非課税規定を定める形式を採用する以上、解釈としてその範囲が具体的に解されるのであれば、特段信教の自由という憲法上の要請に抵触するものではなく、立法上の問題としては議論になるものではあるが、解釈として租税法の基本的要請に忠実であることが一義であるべきであり、かかる点で影響を及ぼするものではないものと考えられる。

個別の解釈においていかに示す専らの利用を想定する等の解釈、事実認定において、信教の自由との抵触との判断、指摘があろうことも想定されるが、例示列挙されている構造から考えて、この合理的な範囲に関しては、立法の判断するところであり、立法の合理的な裁量の余地に属する問題ではないだろうか。特に基本的な解釈において、以下にあるように宗教法人法の概念の借用が中心となって具体的な適用が判断されることになる。かかる点で個別具体的な解釈においても基本的には宗教法人法の制度的な要請を反映するものであり、基本的にはかかる法規の概念、制度の問題であると捉えられる場合が中心となるものではないかと理解される。

私見として、かかる点から個別具体的な地方税法の解釈として問題となるのは上記規定のうち、「専ら」及び「その本来の用に供する」という文言を如何に解釈するのかという点に集約されるのではないかと考えられる。墓地や境内地等の概念は基本的に宗教法人法、墓地埋葬法の概念であり、問題となるのはその概念の借用が原則的な対応に合致しているのかという点で判断されるところが問題になるものであろうからである

上記問題視される文言は、地方税法において、宗教法人に対する制約として、非課税規定の具体的な範囲を確定する上で、重要な判断指針を提供するものであり、非課税規定と租税負担の公平性、憲法上の信教の自由との間でこのような制約を付すことが妥当であるのかという点での議論はあろうが、制度的な問題であり、基本的には立法の問題であろう。私見としては、宗教法人の活動が基本的に精神的な作用をその主たる目的である以上、外形的にその判断を行うことは困難であり、何らかの立法的な手続規定、特に継続的な申請等の手続が設けられるべきものではないかと考えられるが、下記のように、宗教法人がその法人としての主たる目的以外の業務を行い、もって資金調達等を行うことが制度上も可能であり、かかる点で現状の一定の利用制限を課した制限は立法目的として合理性を喪失しているものとは評価し難い。

「非課税とする範囲を「宗教法人が専らその本来の用に供する」ものに限定した趣旨は,上記の境内建物及び境内地は,宗教法人の主たる目的のために必要で,本来的に欠くことのできないものであるとはいえ(上記(2)参照),宗教法人は,主たる目的たる宗教的な活動を行うほか,公益事業を行うことができ,さらに,その目的に反しない限り,公益事業以外の事業を行うこともできることから(宗教法人法6条1項及び2項)、上記の境内建物及び境内地が,これらの事業の用に供されることがあり得ることを勘案したものと解される(なお,地方税法348条3項参照)。

 そうすると,同号にいう「宗教法人が専らその本来の用に供する」とは,当該宗教法人が,当該境内建物及び境内地を,専ら,その宗教の教義をひろめ,儀式行事を行い,及び信者を教化育成するという宗教団体としての主たる目的を実現するために使用している状態にあることをいい,上記の目的以外の目的による使用が例外的にではなく行われている場合には,上記要件を満たさないと解することが相当である。 

 そして,日本国憲法20条1項,同条3項及び89条に規定する国家の宗教的中立性の趣旨,宗教法人法84条が規定する宗教上の特性及び慣習の尊重の趣旨に鑑みれば,地方税法348条2項3号の要件該当性の判断は,当該建物及び土地の実際の使用状況について,賦課期日以前の状態を踏まえて認められる外形的,客観的事実関係に基づき,一般の社会通念に照らして,賦課期日において同号の要件が認められるか否かを判断すべきである。」

歴史的にも、我が国の宗教法人に対する非課税規定の導入は、信教の自由という憲法上の価値観に依拠していることは否定しようがないものであるが、これのみを理由に非課税としての取扱を正当化するものと捉えるのは必ずしも妥当ではない。いわば複合的な趣旨から導かれるものであり、この背景の理解が法規定の解釈においても必要であるように考えられる。すなわち多様な宗教活動に一律に規制を加えることは妥当ではなく、かえって、信教の自由にも懸念を発生させることから、いわば現在の不確定概念としても評価しうるような制限規定が導入されているものであり、また、歴史的に各地の宗教施設は、地域のコミニュティの拠点施設となっており、一部公共的な性格の活動をになってきたことも、その背景にあるものと捉えるべきであり、現在においても災害等の避難箇所として指定される等、一定の公共的役割を有していることが、本件で問題となった宗教法人に対する非課税規定の背景にあると評価されるべきであろう。地方税法において非課税規定が一定の政策目的の達成のもと、課税を犠牲にしていることを鑑みるに、制度背景は重要なテーマであり、法解釈においても検討すべき対象であろう。

そもそも、宗教的な活動は基本的に人の精神作用に関わるものであり、外形的な要素を見出し難いものであり、ここの活動を明確にすることは困難であろう。従って人の精神作用に基づく課税要件の設定は事実上困難であり、上記のようにフリーハンドで、宗教法人における非課税の適用は困難であり、この衡平から法規定のような制約を設けているものと解するべきであり、この点で上記規定の合理性は担保されているものと考えられる。

しかしながら、純然たる宗教行為のみにおいてその非課税規定の存在を理由付けると考えるならば、宗教法人の信者等、一定の宗派としての組織内部への受益という視点が発生することになる。これは公益法人に於いても同様であるが、一定のメンバーに対する受益の存在が設定されるようなケースにおいて、果たして非課税としての理由付けとして今後も立法を支えていくことが可能であるのかという点は、今後の課題として考えられる。

また、本件でも境内地・境内建物の概念が基本的に宗教法人法から借用を行っている。必ずしもその理由付けは本件でも明らかにされていないが、租税法の基本的な要請として、法的な安定性を重視する考えを鑑みるに、宗教法人法の概念を借用することは合理的であると評価すべきである。しかしながら、一定の隔離された空間をもって宗教活動に関わる施設として区画することは、宗教活動の多様性から現実的には困難であり、例えば、宗教施設に付随する駐車場などの施設を宗教活動に要するものであるのかあるいは、その他の賃借に用いているような事案も想定されるところであり、課税の現実的な執行の観点から、立証責任の転換を図り、もって宗教法人の活動の多様性に配慮した形で、必要性、現実的な利用の状況を立証することで、非課税規定の適用を図るような制度的対応が検討されることも可能性としてはありうる。もちろん宗教活動に対する介入とならないよう、一定の第三者的審査及び継続的な審査の実施が必要であるであろうが(現状の、公益認定に近い)。また、このような場合、上記のように非課税規定の趣旨目的をより精緻化して、何をもって非課税規定の適用対象とすべきであるのか明確とするべきであり、ここに租税法の基本的な使命があることになろう。

より個別的に検討するならば、「専ら」とは如何なる程度をもって判断すべきであるのかという点は、明示的ではない。本来の用に供するという部分もまた、如何にして認識すべきであるのかという点は本件から新たに提示される問題であろう。宗教活動の多様性に鑑みるならば、その精神的な作用を客観的に把握することは現実的には困難であり、総合的な判断によるべきほかないものと考えられるところであるが、例えば、現実の利用状況の他に、かかる法人の宗教活動において客観的な必要性をも含む概念であるのかという点も検討すべきである。専ら本来の用に供することが客観的な必要性を伴う概念であるのか、また、目的・活動との対比において不可欠な施設であることを要するものであるのか、それとも単なる現実の利用状況に依拠するものであるのかという点は、見解が別れよう。私見としては、上記の多様な精神活動に依拠する宗教活動を前提とするならば、総合的に判断するほかないのであり、フリーハンドで非課税規定の適用を認めることはまた、本規定の趣旨に反することからも、対象資産と宗教活動において一定の必要性・関連性を求めることが妥当であると判断すべきものと考える。

また、当該資産の排他性も考慮対象となるのであろう。本件でもその判断において、施設の宗派外への利用が問題視されていたが、当該資産の宗教活動との、あるいは宗教法人の目的において、一定程度の排他的な利用が想定されるべきことが要請されているもの解するべきである。さらに納骨堂ののように、形式的な名称等にとらわれるのではなく、実質的な利用状況を基礎に判定されるべきものと解される。また、継続的な活動を営むものが法人であり、いかなるタイミングでその、利用状況を把握すべきであるのかという点もより検討されるべきである。

いずれにしても、このように、非課税規定の適用において、制約として事実上機能する、宗教法人の活動、宗教法人のその本来の目的とは如何なるものと解するべきであるのかという点は、この種の法規の適用において明らかとするべきであろう。

また、具体的に、本件事業に関する募集や契約業務等を外注業務をいかに評価するべきであるのかという点も法令解釈として如何なる点と対峙するものであるのかという点は、検討が必要である。本件のように、当該訴外会社である外部委託者を葬儀の際に推薦するなどのような関係性が存在する場合において、この点から見ても事実認定として、非課税規定の適用を否認することは妥当であるように考えられるところであるが、この法的な根拠をいかに捉えるのかということは今後の課題である。

加えて、本件でも問題となっているが、宗派を問わず本件施設の利用を認めていることも、検討材料であろう。宗教法人として、如何なるものがその活動であり、目的であるのかという点は、差異があろうが一定の組織性を有する以上、団体の構成員に対する受益と他者への受益(そもそも宗教法人の活動による受益と示すこと自体が問題かも知れないが、広い精神的な作用も含め、受益と捉えている)は、区分されるべきものであり、かかる点で、上記非課税規定の文言の解釈としても正当であると評価される。もちろん宗教活動の目的を一定の対象に限定することは妥当ではないとの指摘もありえようが、一定の団体性をもつ法人としての性格を考慮するに、その制約はやむを得ないものといえ、かかる点で、非課税規定の制約として留意されるべきものといえよう。

以上、毎度のごとく論文Stockとして作成しているものですので、完成度は低いですが、参考までに。

2017年4月5日水曜日

判例裁決紹介を(東京地判平成28年3月2日、架空取引による簿外資金の所得該当性・源泉徴収義務)

さて、また興が乗ったので判例裁決紹介を作成しました。
今回は東京地判平成28年3月2日で架空取引によって発生した簿外資金の源泉徴収義務が争われたものです。

具体的には、取引先と架空取引による簿外資金を発生させることで法人税法を逋脱し、法人税法違反(重加算税賦課)に問われた原告に対して、別途、当該簿外資金は、代表者に対する給与所得であり、もって源泉徴収義務を有し、かかる源泉徴収義務の履行が果たせされておらず、かかる金員に係る所得税額に対して仮装隠蔽行為が行われることで、不当に当該納税義務を免れたとして、賦課決定処分が行われたことに対して不服を申し立てたものである

前提として、上記のように、原告と取引先の間で、架空の取引を形成し、原告が金員を支払ったものとして、当該金員部分を不当に損金に算入した旨は、別件訴訟によって確定しており、この事実関係に基づき、さらに、当該不当金員は、簿外資金として原告の代表者が管理支配しているとのことで、簿外資金(数億円規模)が代表者に対する給与(賞与)であり、この支給に伴い源泉徴収義務が課せられるべきであるとして、この潜脱に対して、重加算税付加される結果となっている。いわば当該金員に対して二重に課税を行う結果となっている。

実務的には、このような法人の代表者に対する給与課税に関しては、至極当然のこととして理解されていることと考えられる。私見としても従前との整合性の観点からは、このような処理が基本的なものと捉えられるべきであろうかと考えられるが、実質的に租税法規、所得税法における給与等に対する意義の通常の文言よりも拡張的に捉えられ、実質的に固有概念とかしている点は、租税法の基本的要請から留意されるべきものとも言えよう。

本件は、基本的にこのような簿外資金が如何なる性格を有するものであり、これを租税法規、特に所得税法に於いて、下記の給与所得、源泉徴収義務の対象として捉えられるのかという点が中心的な争点である。かかる点で法解釈とは一線を画するものであるともいえるが、上記のように、実質的な給与概念の理解が前提となっていることが認識されるべきと考えられる。租税法務においては、至極当然の処理であるが、この理解は一般法務や実務家に取って必ずしも当然の処置でないことは、念頭においておくべきであろう。反対に考えれば、租税法規、特に所得税法は、このような一般用語としてより広範囲に給与概念を捉えることで、適正な課税を図っているものと認識される。更には、源泉徴収義務と法人税法違反と二重に課税対象とすることで、重加算税による大きな負荷をかけている点も、適正な課税を図る意図に基づくものといえよう。
この点が如何なる根拠に基づくものであるのかという点がさらに、課題と考えられるが下記のように、所得税法28条においてもこれらの性質を有する給与という文言により規定されており、その背景には所得税が採用する所得概念が背景にあるものと考えられる。従って、この拡張的な方向性を有する文言をいかにして解するのかという点がフリンジ・ベネフィット等の多様な給与に対して給与所得概念の網を適用するのかという重要な争点を発生させることになる。

給与所得)
第二十八条  給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下この条において「給与等」という。)に係る所得をいう。

本件もこの系譜につながるものとして捉えられるべきものであり、従前と同様に法人の代表者に対する給与概念に該当するとして理解している点で、新規性を有するものではないが、裁判例としてこのような違法所得を明示的に所得として捉え源泉徴収義務があるものと判断した事例としては珍しく、特に簿外資金に対する貸付けといういわばよくある主張を排して上記のような給与所得該当性を認め、源泉徴収義務を有するものと判断している点は、実質的に二重に処罰しており(実質的という点がキー、法務的に古典的であるが、二重処罰の問題も観念される)強い抑止をもつものとして実務的にも参考になるものといえるのではないだろうか。

但し、本件のような金員の発生は、同族会社のような法人における、如何に法人の代表者による行為であるとはいえ、法人と別個の存在である個人が行った行為であり、行為を法的に評価するならば、法人に対する損害を与えたものであり、横領等の行為に該当するものと捉えられる。法人における損金への違法行為に伴う支出の問題でもあるが、仮装行為としてこの損金性を否認し、さらに、当該金員を実質的に管理運営している代表者においては給与所得として捉えることは、所得税法と法人税法の連動という点からは、違和感がある、すなわち、損金性を否認していながら、一方で給与課税を行うことは、対応関係が図られていない。確かに所得税法と法人税法は別個の法体系であり、法規として連動が図られるべきものとして想定されていない。しかしながら源泉徴収義務として法人における問題として理解される点で、このような金員を如何に評価するのかという点は、整合性が図られるべきものではないだろうか。

また、従業員等の横領等に伴う損失は、法人税法上、損金として該当するものとして評価されている。この点もなぜ、役員や雇用者、被雇用者において、取扱が異なるのかという点は基本的に同一の犯罪行為に伴う金員の発生であり、バランスを欠いている。本件の中心的な争点はあくまでも所得税法、源泉徴収義務の存在の問題であり、法人の損金の問題ではないが、一定の行為によって発生した金員に対しては複数の論点が混在していることは認識されるべきであり、議論においては分類して議論されるべきものといえるのではないだろうか。

おそらくは、我が国の法人において過半を構成する中小企業、同族会社のような経営と所有が未分離な法人においては、代表者による行為である場合と被雇用者との行為においては損害の発生の有無等が異なるものとして認識されていることがその背景にあるものとの理解が、本件や上記のような損失に対する処理の相違につながっているものと考えられるが、旧所得としての該当性はあくまでも上記法文言の解釈によって判断を行うことが租税法の基本的な要請に合致し、また、損金としては、別段の定め、公正処理基準の問題であるが、それぞれ別の問題として問題点が整理される必要があるだろう。

第百八十六条  賞与(賞与の性質を有する給与を含む。以下この条において同じ。)について第百八十三条第一項(源泉徴収義務)の規定により徴収すべき所得税の額は、次項の規定の適用がある場合を除き、次の各号に掲げる賞与の区分に応じ当該各号に定める税額とする。
 給与所得者の扶養控除等申告書を提出した居住者に対し、その提出の際に経由した給与等の支払者が支払う賞与 次に掲げる場合の区分に応じそれぞれ次に定める税額
 その賞与の支払者がその支払を受ける居住者に対し前月中に支払つた又は支払うべきその他の給与等(以下この条において「通常の給与等」という。)がある場合(その賞与の支払者が支払う通常の給与等の支給期が月の整数倍の期間ごとと定められている場合にあつては、前月中に通常の給与等の支払がされない場合を含む。次号イ及び次項において同じ。) 前月中に支払つた又は支払うべき通常の給与等の金額(その賞与の支払者が支払う通常の給与等の支給期が月の整数倍の期間ごとと定められている場合には、その賞与の支払の直前に支払つた又は支払うべきその通常の給与等の前条第一項第一号に規定する月割額。次号イ及び次項において同じ。)、給与所得者の扶養控除等申告書に記載された主たる給与等に係る控除対象配偶者及び控除対象扶養親族の有無及びその数に応じ別表第四の甲欄により求めた率をその賞与の金額に乗じて計算した金額に相当する税額
 イに掲げる場合以外の場合 その賞与の金額の六分の一(当該金額の計算の基礎となつた期間が六月を超える場合には、十二分の一。次号ロ及び次項において同じ。)に相当する金額並びに給与所得者の扶養控除等申告書に記載された主たる給与等に係る控除対象配偶者及び控除対象扶養親族の有無及びその数に応ずる別表第二の甲欄に掲げる税額に六(当該賞与の金額の計算の基礎となつた期間が六月を超える場合には、十二。次号ロ及び次項において同じ。)を乗じて計算した金額に相当する税額
 前号に掲げる賞与以外の賞与 次に掲げる場合の区分に応じそれぞれ次に定める税額
 その賞与の支払者がその支払を受ける居住者に対し前月中に支払つた又は支払うべき通常の給与等がある場合 前月中に支払つた又は支払うべき通常の給与等の金額に応じ別表第四の乙欄により求めた率をその賞与の金額に乗じて計算した金額に相当する税額
 イに掲げる場合以外の場合 その賞与の金額の六分の一に相当する金額に応ずる別表第二の乙欄に掲げる税額に六を乗じて計算した金額に相当する税額
 賞与の支払者がその支払を受ける居住者に対し前月中に支払つた又支払うべき通常の給与等がある場合において、その賞与の金額が前月中に支払つた又は支払うべき通常の給与等の金額の十倍に相当する金額を超えるときは、当該賞与について第百八十三条第一項の規定により徴収すべき所得税の額は、次の各号に掲げる賞与の区分に応じ当該各号に定める税額とする。
 給与所得者の扶養控除等申告書を提出した居住者に対し、その提出の際に経由した給与等の支払者が支払う賞与 その賞与の金額の六分の一に相当する金額と当該通常の給与等の金額との合計額並びに給与所得者の扶養控除等申告書に記載された主たる給与等に係る控除対象配偶者及び控除対象扶養親族の有無及びその数に応ずる別表第二の甲欄に掲げる税額と当該通常の給与等の金額並びに当該申告書に記載された主たる給与等に係る控除対象配偶者及び控除対象扶養親族の有無及びその数に応ずる別表第二の甲欄に掲げる税額との差額に六を乗じて計算した金額に相当する税額
 前号に掲げる賞与以外の賞与 その賞与の金額の六分の一に相当する金額と当該通常の給与等の金額との合計額に応ずる別表第二の乙欄に掲げる税額と当該通常の給与等の金額に応ずる別表第二の乙欄に掲げる税額との差額に六を乗じて計算した金額に相当する税額
 給与所得者の扶養控除等申告書を提出した居住者に対し、その年最後に支払う給与等が第百九十条(年末調整)の規定の適用を受ける通常の給与等であり、かつ、当該通常の給与等の支払をする日の属する月に賞与を支払う場合において、当該賞与を支払う日の現況によりその年中にその居住者に対し支払うべきことが確定する給与等(その居住者がその年において他の給与等の支払者を経由して他の給与所得者の扶養控除等申告書を提出したことがある場合には、当該他の給与等の支払者がその年中にその居住者に対し支払うべきことが確定した給与等で政令で定めるものを含む。)につき同条の規定を適用した場合に同条に規定する不足額が生ずると見込まれるときは、当該賞与について第百八十三条第一項の規定により徴収すべき所得税の額は、第一項第一号又は前項第一号の規定にかかわらず、これらの規定による税額と当該不足額に相当する税額との合計額とすることができる。

また、本件では問題とされていないが、源泉徴収義務においては、上記の条文が基礎となっている。種々の論点が有りうるものであるが、本件に関連するものとして支払うべき通常の給与等を如何にして捉えるべきであるのか、という点は法解釈において、上記、給与所得の範囲と整理され、源泉徴収義務の範囲を律するものとしてその意義が必ずしも明らかといえないものといえよう。この点も問題である。


さらに、本件では、事実認定における基本的な判断要素の一つとして、すなわち簿外資金に於ける経済的利益の性格を決定するものとして、使用意図・実際の使用状況による認定を行っている。具体的に本件では、当該金員が代表者の株式の購入・土地の購入などの行為に利用されており、その金員の利用意図が重要な判断要素となって、かかる簿外資金の金員としての経済的利益の存在、判断を決定すべきものとして議論されている。一般的に経済的利益の所得区分の性質決定において、このような利用意図・用途がメルクマールとして機能することが許容されるものであろうか。もちろん利用意図と実際の利用状況・用途は区分されるべきものであり、その性格も異なるものであるが、我が国の所得の事業所得や給与所得等は、法文の解釈上、、また、所得の区分の趣旨目的においても、所得の源泉の相違によって、租税の負担能力の相違があることに起因しており、具体的な基準としては、当該経済的な利益の利用意図や用途を一般的に活用しうるものではないものと考えられる。しかるに所得区分の判断、所得の性格の決定という段階においては、利用意図や実際の用途は一般的な判断基準・メルクマールとして機能するものと評価することは困難であろう。

我が国の所得税法が幅広い・包括的な所得概念をもって、幅広く課税所得を構成するものとしていることは周知の事実であるが、所得の区分を行う必要があり、その所得分類を決定する基準は重要である。この基準を明らかにすることが租税法解釈の重要なテーマであるが、このような納税者の主観的な意思に基づく、判断、事実認定を行うことは、必ずしも客観性を有するものとはいえず、上記のように所得の源泉に基づく、各所得の該当性判断を行う基準とは整合性が取れていないものともいえる。

本件では、当該金員の代表者による返済の意思があることをもって当該金員の貸付金としての性格の有無に対する主張として行われているが、このように、経済的利益・金員の利用意図、利用用途に基づく判断は主観性を帯びるものであり、事実認定として必ずしも当事者の意思を廃するものではないが、所得区分の問題ではなく、あくまでも所得としての該当性、、所得の帰属が如何なるものであるのかという判断過程において、経済的利益の利用意図や利用用途が考慮されるべきものであり、具体的な所得の区分・分類とは異なる議論であると理解されるべきであろう。

本件のような犯罪に基づく利得が受け手段階において所得を構成することは、法的な権利の確定等は存在しないものの、所得概念・収入すべき金額の解釈において所得税法の一般的な理解として否定されるものではないと考えられる。本件は法人において行われた行為によって発生した金員・経済的利益の費用区分が問題になったものではなく、当該金員が如何なる所得として理解されうるものであるのかという点が基本的な争点であり、給与等とその他の所得の区分が一義的には問題となる。従来より租税法務において、このような金員・経済的利益が代表者による利得として認定されていることは、本件の判断と整合的である。また、中心的な争点とは相違するが上記のように損金の該当性の問題は基本的に法人税法の別段の定め及び公正処理基準の問題であるが、本件のような事実関係においては、簿外の問題であり、そもそも公正処理基準の枠外として損金性が議論されるものではない。加えて公正処理基準はかかる適用を配する性格を有しているのかという点(特に違法経費に対して)も議論されるべき問題である。
本件の中心的な争点はあくまでも源泉徴収義務の有無という所得税法の議論であり、かかる点において複雑化しているものであるが、このような架空の取引による経済的利益の発生が、いかなる性格を有しているのかという点は租税法規における他の法規との重要な相違であることは留意されるべきであろう。また、所得・利得としての該当性と、所得の区分・分類は法理的には別個の問題であり、この点の整理も必要と考えられる(本件では貸付金と所得の区分として現れている)。

以上です。毎度のごとく論文Stockとして作成しているものですので、完成度は低いですが参考までに。