さて、また興が乗ったので判例裁決紹介を作成しました。今回は平成30年4月19日裁決で、推計課税の適用条件、抽出基準の合理性が課題となった事例です。
具体的には、本件は、個人事業主である請求人が未申告、帳簿等の保存が確認できなかった(調査への非協力)ことにつき、処分行政庁の調査により、実額での課税が困難であったことから、推計課税の適用が行われた事例であり、調査における違法性、第三者の立会(この時点で若干特殊な状況であるようにも想定されるところではあるのかもしれないが)等の手続面の違法性及び推計課税の必要性、推計課税の対象が合理的に抽出されているのか否かという点が争点となっている事例である。手続面においては、軽微な点が中心となっているものであり、請求人の主張は退けられている(従前と特に変わるものではないものと捉えられる)ものであるが、本件では、推計課税の抽出基準において、一部修正が結論において入っている点では珍しい事例であろう。推計課税は、その適用において間接証拠を用いて、課税額を決定するものであり、財産権の保護を基調とする租税法規の特徴、申告納税制度を基礎とする所得税制度においては例外的な存在として、位置づけられるものである。
推計課税は、いわば未申告者、帳簿未作成者等と適正に申告を行っている者との対比において、更にはて適切な帳簿等の記録に依拠した課税とは異なり、推計によって納税額を確定させるものとして、
実際においては、伝家の宝刀扱いを受けるようなものであるが従前、その適用に関しては議論が多かったものであるが、近年はその適用に関する実際の紛争は減少しているものと考えられる。かかる点から本件は近年における紛争事例としては珍しいものであり、また、当初処分行政庁が用いた推計対象の抽出基準が一部変更され、推計が行われている点において特徴的な事例(納税者が明確な立証を行っていない点が残念ではあるが)であり、参考となるべきものと捉えられよう。
(推計による更正又は決定)
第百五十六条 税務署長は、居住者に係る所得税につき更正又は決定をする場合には、その者の財産若しくは債務の増減の状況、収入若しくは支出の状況又は生産量、販売量その他の取扱量、従業員数その他事業の規模によりその者の各年分の各種所得の金額又は損失の金額(その者の提出した青色申告書に係る年分の不動産所得の金額、事業所得の金額及び山林所得の金額並びにこれらの金額の計算上生じた損失の金額を除く。)を推計して、これをすることができる。
以上のように本件は所得税法156条が定める推計課税の適用の税費がその中心的な争点となった事例である。上記のように推計課税は法文において明確とされていないもののその適用にあたっては謙抑的であるべきであると考えられ、制約があることは解釈においてほぼ確定しているものと理解される。本件ではその推計の必要性に関しては以下のように解釈を示しており、実際の必要性をまずは議論している。必要性が求められることは特に異論がないところであろうが、いかなる場合において適用が行わるべきであるがという点が解釈論として課題となるものと言えよう。下記では3種の例示が行われているが、納税者の非協力が中心となって争われている。実地の任意調査として構築されている以上(実質的には異なるものと考えるかもしれないが)、大部分の非協力においてこの任意との調整が問題となるものと考えられる。事実上この推計課税が罰則として機能する場合には、任意を原則とする質問検査の位置付けが財産権の保障や適正手続の保護を基礎とする観点から問題視されることになるのではないだろうか。この非協力をどのように評価するという点に関しては、通常の納税者との衡平から判断されることになるのかもしれないが、非協力という点は、その程度において差異があるものであり、いかなる点を持って推計課税の適用をもって対応を図るべきであるのかという点を検討する必要があるのではないだろうか。
「所得税法第156条は、税務署長が所得税につき更正をする場合において、所得金額を推計して課税することができる旨規定しているが、飽くまで課税処分における課税標準の認定は直接資料に基づく実額計算の方法によるのが原則であることからすれば、推計による課税が認められるのは、やむを得ず推計によらざるを得ない場合、すなわち、①納税義務者が収入及び支出を明らかにし得る帳簿書類を備え付けていないこと、②帳簿書類の備付けがあってもその記載内容が不正確であること、又は③納税義務者が資料の提供を拒否するなど税務調査に非協力であることなどにより、実額計算の方法による課税を行うことが不可能又は著しく困難な場合に限られると解される。」
また、本件では推計課税の合理性も問題となっている。当初適用された抽出基準が隣接地以外(所轄の税務署の隣の隣)も含まれていたという点から推計の再計算が判断において行われている。推計課税を行うにあたり対象を如何に抽出するのかという点は移転価格と同様に、課題が多い。特に単に取引の価格を算定するのではなく、収入、経費を含んで総所得を判断する必要があり、その適用にあたって類似の対象を選定することは重要な点である。また課税の情報に関しては納税者である請求人はアクセスすることが困難であり、かかる推計の合理性をあらそうにあたっては実際の所得金額の提示以外にはこの抽出基準の合理性を争うことになり、かかる点からも基準は重要であろう。
しかしながら推計対象の抽出において最終的な目標が類似というレベルであり、具体的な基準としては曖昧な状況である。いくつかの例示に応じて基準を選定することになる。従って基準において大きな相違が発生する事になり、ひいては推計所得に大きな変動が発生することが避け得ない。本件では以下のように、倍半基準など比較一般的な基準が用いられているが、類似と言う判断において納税者において如何にしてこれらの基準が合理的ではないと反証することになるのかという点が検討されるべきことになる。
原処分庁は、本件各年分ごとに、本件事業と業種、業態、事業内容、規模、事業所所在地等において類似していると認められる個人事
業者として、以下の抽出基準を設定した。
(A) K税務署及びK税務署の管轄区域に隣接する税務署管内において、塗装業を営んでいる個人事業者であること。
(B) 所得税等の申告において青色申告の承認を受けており、青色申告決算書を提出していること。(C) 事業所得に係る総収入金額が、請求人の当該金額の2分の1以上2倍以下の金額の範囲内であること。
(D) 仕入金額の計上がない及び事業専従者がいないこと。
(E) 給料賃金又は外注工賃の計上があること。
(F) 塗装業以外の事業を兼業していないこと。
(G) 年の途中において、開廃業、休業及び法人成り等の事情がないこと。
(H) 災害等により、経営状態が異常であるとは認められないこと。
(I) 税務署長から更正又は決定処分がされ、当該処分に対して不服申立て又は訴訟提起されて現在審理中ではないこと
各基準がどのような意図を持っているのかという点は定かではない点が多いものの、実際の適用においてはこのような基準が一般的ではないだろうか。
そもそも実際の金額によることを放棄しているものであり、推計課税は、一定程度の合理性があれば推計として否定されるべきものではないことは、ほぼ確定しているが、最終的な類似、合理的な推計を求めるにあたって、どのような点を最終的に求めるのか、あるいは最低限の要求はどのようなものであるのかという点は必ずしも定かとは評価しがたいものであり、より今後の検討が必要なものではないだろうか。