2017年6月24日土曜日

判例裁決紹介(京都地判平成27年7月3日、上場株式等に係る譲渡損失の損益通算繰越控除の適用要件、金融商品取引法登録業者以外の排除の合憲性)

さて、また興が乗ったので、判例裁決紹介を作成しました。
今回は、京都地判平成27年7月3日で、上場株式等に係る譲渡損失の損益通算、繰越控除の適用が、当該譲渡の委託先が、外国証券会社であり、わが国の金融商品取引法に定める金融取引業者ではないことを理由として、その適用が否認されたことが争われた事案です。

具体的には、本件は原告が行った株式取引による譲渡損失が租税特別措置法37条の12-2に定める損益通算及び繰越控除の対象となるのか否かという点が争われた事案であり、判示としては、その適用を否認した要件規定が租税法における公平性の観点から適合するのか否か、すなわち合憲性が問われた事案である。より具体的には、本件の損益通算等の対象となる譲渡損失を、下記のように、金融商品取引法における取引業者に限定した売委託先としていることに対して、原告がなした売却に伴う売委託先が本件対象業者(外国事業者)ではなかった事によって、その特別措置の対象とならないことを不服としたものであり、係る要件規定が中心的な争点となっている。従って、下記のように、本件対象となる、法規定自身は、その適用要件としての解釈は明快であり、かかる点で個別の租税法規の解釈論というよりは、また、事実関係の認定当てはめが問題となったものではなく、租税制度として係る要件規定を定めていることが、憲法規定、租税の公平性の観点から検討して、合理的、妥当であるのかという点が中心的な争点となったものである。

しかるに、基本的には憲法論、政策論として理解されるべきものであり、かかる点で、実務上の参考となるものではないのかもしれないが、かかる点は、いわゆる大嶋訴訟以来、わが国の違憲審査基準として、緩やかな合理性基準、合憲性の推定が働くとした判断枠組みが基本であり、本件もかかる枠組みの中で判断がされ、租税法規における違憲立法審査に対する一連の判断の系譜に連なるものである。判示においても下記のように大嶋訴訟の判示を基礎として判断を行っている。

租税法の定立については、基本的には、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断に委ねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量判断を尊重せざるを得ないから、租税法の分野における課税対象等の取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができず、これを憲法14条1項の規定に違反するものということはできないと解される

として、国会における立法の幅広い裁量を認め、明らかな合理性違反が存在しない限り、違憲判断を受けることがないとして、合憲性の推定を受けている。そしてその具体的な合理性の判断に関しては、立法目的と手法の観点から審査を受ける事となっている。特に本件対象が租税特別措置であり、そもそも、租税特別措置は、課税負担の公平性を犠牲としつつ、一定の政策的目的の達成のため設けられている制度であり、政策目的が妥当であることが前提であるがその公平性が問題となる可能性は小さいものと理解される。本件は被告原告ともにこの前提と基礎として判断しており、下記のような判示が行われ、合憲性の推定を覆すものとは理解されていない。

上記繰越控除制度の適用を本件特例対象業者への売委託により行う上場株式等の譲渡等に限定すること(租税特別措置法37条の12の2第2項1号)は、上記立法目的のうち、特に適正・公平な課税を実現することに資するものであって、当該立法目的とのとの関連で著しく不合理であることが明らかであるとはいえない。

実務的には法規の適用の是非が争われたものではなく、法規の妥当性が争われたものとして、特段の問題になるものではないのかもしれないが、当然のことかも知れないが、租税専門家として、このような外国事業者を活用した場合には、譲渡損失の利用ができないことは、認識しておくべきものであり(意外と租税特別措置法においては、このように一見すると適用可能でありながら、形式要件において外国事業者が排除される規定は多い)、かかる点では参考となるだろう。また、このような点で、実際の立法のあり方を考える上で、論文のテーマとしても参考となるものではないかと考えられる。

但し、本件は、従来の個別租税法規の違憲性を問う中では、他の事例とは異なり、租税特別措置法そのものの、合理性、妥当性が問われたものではなく、具体的な適用に当たっての適用要件の合理性が問われたものであり、かかる点で特徴であるとは考えられよう。すなわち、法規定の目的としての合理性が問われたというよりも具体的な手法が妥当であるのか否かという点が問題となったものであり、政策目的を有する規定そのものの合理性とは異なる、判断枠組みがあることも想定はされうるところではあるが(もちろん租税法規において特段区別することの合理性も議論の余地はあるとはいえる)、基本的に本件は、従来の大嶋訴訟以来の判断枠組みを維持しており、具体的な適用要件に関しても、強い立法府の裁量を認め、強い合憲性の推定を認める見解が維持されていることを改めて理解しておくべきであろう。より具体的には、何をもって合理性を判断するのか、租税法規において、こお様な規定が求めている合理性とは如何なるものであるのかという点をより検討する上で参考となるものであるといえる。より具体的には、租特の適用を受けるにあたって、証券市場の活性化という基本的目的とそれを受けた情報収集の要請との間で対象業者を限定することは一定の合理性を有するものと判断されたものと評価される。

第三十七条の十二の二  確定申告書(第九項(第三十七条の十三の二第十項において準用する場合を含む。)において準用する所得税法第百二十三条第一項同法第百六十六条 において準用する場合を含む。)の規定による申告書を含む。以下この条において同じ。)を提出する居住者又は恒久的施設を有する非居住者の平成二十八年分以後の各年分の上場株式等に係る譲渡損失の金額がある場合には、第三十七条の十一第一項後段の規定にかかわらず、当該上場株式等に係る譲渡損失の金額は、当該確定申告書に係る年分の第八条の四第一項に規定する上場株式等に係る配当所得等の金額を限度として、当該年分の当該上場株式等に係る配当所得等の金額の計算上控除する。
 前項に規定する上場株式等に係る譲渡損失の金額とは、当該居住者又は恒久的施設を有する非居住者が、上場株式等の譲渡のうち次に掲げる上場株式等の譲渡(第三十二条第二項の規定に該当するものを除く。)をしたことにより生じた損失の金額として政令で定めるところにより計算した金額のうち、その者の当該譲渡をした日の属する年分の第三十七条の十一第一項に規定する上場株式等に係る譲渡所得等の金額の計算上控除してもなお控除しきれない部分の金額として政令で定めるところにより計算した金額をいう。
 金融商品取引法第二条第九項 に規定する金融商品取引業者(同法第二十八条第一項 に規定する第一種金融商品取引業を行う者に限る。次号において「金融商品取引業者」という。)又は同法第二条第十一項 に規定する登録金融機関(第三号において「登録金融機関」という。)への売委託により行う上場株式等の譲渡

また、下記、原告の主張にもあるが、本件特例の適用にあたり、適用対象業者であるのか必ずしも事前に判断することは困難で合って、実質的に課税要件が明確ではないとの主張も行われている。判示においては、HP等の公表もあり、問題視されていないが、借用概念、あるいは他の法規定の規定を参照している場合において、その意義内容が明確ではない場合においても課税要件明確主義違反への抵触が、観念されうるのかという点は、より検討すべきであるのかもしれない。立法論としてではあるが。

本件特例は、本件特例対象業者への売委託より生じた上場株式等に係る譲渡損失に限って繰越控除を認めている(租税特別措置法37条の12の2第2項1号)が、納税者は、取引時においていずれの業者が本件特例対象業者であるかが判明しない限り、本件特例の適用を受けることができるか否か が判明しないから、このような場合、本件特例が結果として憲法84条が定める課税要件明確主義に抵触するのではないかという疑問がある。

以上です。
毎度のごとく論文Stockとして作成しているものですので完成度は低いですが参考までに。

2017年6月13日火曜日

判例裁決紹介(前橋地判平成25年1月28日、ゴルフ会員権差押に伴う退会の意思表示と取立権)

さて、また興が乗ったので判例裁決を作成しました。今回は、前橋地判平成25年11月28日で、ゴルフ会員権の差し押さえた徴収職員の権限、すなわち取立権の効力が問題になったものです。

具体的には、原告課税庁(通常の租税訴訟では国が原告に立つことはないが徴収関係の訴訟ではこのように原告となる)が、滞納者である訴外会社の所有していたゴルフ会員権、当該滞納国税の回収のため、差し押さえた事案において、被告であるゴルフ場運営会社に対して、当該ゴルフ場会員権の預託金返還請求権を行使し、当該預託金の返還を求め、また、遅延損害金として6%の支払いを求めたことによって訴訟が提起されたものである。当該ゴルフ場の会員規約によれば、預託金返還請求の行使に関しては、規約上、本人(限る)の意思表示が必要であり、徴収職員が本人に代わり、当該退会の意思表示が可能であるのか否かという点が争点となったものである。

すなわち本件は、原告が滞納国税の差押にあたり、当該差押財産の回収に当たって、所有者本人にのみ、限定して、意思表示を求めているような状況にありながら、滞納国税の徴収のため、差し押さえた徴収職員がこのような意思表示、行為をなすことができるのか否かという点が、が問題になったものである。より具体的には、この徴収職員の差押、取立の法的根拠たる国税徴収法67条に定める取立権の法的意義がいかなるものであり、本人に限定されたような場合であっても意思表示や権利の行使が可能であるのか否かという点が問題になっており、事実認定というよりは、取立権の法令解釈が議論対象となっている。法人税法や所得税法のような実定法とは異なり、国税徴収法の問題であって、徴収職員の所有する権限がいかなるものであるのかという点が本件の起因となっていると理解されるべきである。差し押さえた債権の取立においてこのような意思表示が可能であるのかという点が、徴収職員の権限の意義を理解する上で重要な点であるように考えられる。あくまでも実定法の問題とは直接的に異なるものであり、基本的には、実務家としては参考となる事例ではないと考えるかもしれないが、本件の事例でも遅延損害金、すなわち利子が6%発生し、負担することになっており、民間実務家であってもその性格を認識しておくことは有益なものであると考えられる。より本質的には、租税法の基本的な性格を理解する上で、重要な検討課題である。
すなわち租税法の本質として、その基本的性格として、よく強制性、侵害規範であると理解されているが、単に財産権の侵害と抽象的に捉えるのではなく、徴収の側面において、このように具体的な徴収権限の存在を理解しておくことがより租税法規の基本的な実質的な性格を理解するうえで重要であるのではないだろうか。

本件はより具体的に検討するにおいて、上記のように、徴収職員がなした差押えに関する退会の意思表示が本人限定という制約を有している規約がありながらもその制約を超えて徴収のため、かかる意思表示が可能であるのか、徴収職員のなした意思表示が有効であるのか点が中心的な争点である。かかる問題の背景には、下記、67条の規定によって取得した取立権の性格が以下に解されるべきであるのかという点が重要な点である。取立件は本規定により創設的に発生するものであり、課税庁、徴収職員が保有する自力執行権の中核をなす概念であって、滞納者の代理・承継として取得するものではなく、純粋な民事法の性格とは異なるものである。

本件判断でも、下記のように、
徴収職員の取立権は、徴収法67条1項の規定によって創設的に取得するものであり、滞納者の代理人又は承継人として滞納者の名において取立てを行うものではなく、同職員が自己の名において取立てを行うものであること、徴収職員は、取立てのために必要な範囲で滞納者の一身専属的権利に属するものを除く一切の権利を行使することができる

徴収権の性格を解している。基本的に上記解釈は正当であり、通説として理解される。取立に必要な範囲でという一定の制約は存在するものの、基本的に滞納者の一身専属的な権利を除き、権利又は義務が特定人に専属し他の者に移転しない性質であるような権利、例えば、慰謝料請求権のようなもの以外は差押えの対象であり、かかる点で必要な行為は特段の制限なく、行使が可能なものである。一身専属的な権利とは民事法上の概念であり、租税法規においてそれをどの程度参酌すべきであるのかという点は別の議論ではあるものの、徴収法上の差押が権限が及ばないものの性格を検討する上では参考となるものといえる。実務上は、実質的には本件の債権取立てがこのような権利に該当するのか否かという点が課題となるものであろう。

いずれにしてもこのように取立権は、下記国税徴収法67条において法的な根拠を与えられており、実際の行使が可能であるのか否かという点は実務家としては、制約がある可能性はありうるものであるが、法令解釈として、たとえ、規約上に本人限定の規定がなされていたとしても、その権限の講師を必ずしも妨げるものではない。逆に差押た財産の取立において必要であれば、上記法的な制約を与えることは困難であるものといえる。

第六十七条  徴収職員は、差し押えた債権の取立をすることができる。
 徴収職員は、前項の規定により取り立てたものが金銭以外のものであるときは、これを差し押えなければならない。

但し、上記条文を厳密に解釈するならば、単なるできる規定であり、特段の法的な制約が課せられているものではなく、67条によって創設的に取得する権利が徴収職員の取立権であるから、特段の制約はないものの、その目的との関連において、制約を法令解釈として与えられているものと理解される。つまり、取立権の行使は、独立の権利獲得であり、民事法上の債権取立てと同旨される部分を参照しつつ、法令解釈として徴収職員の取立権が形成されているものと理解される。本件もこの性格を形成する上で有益な裁判例であるといえよう。すなわち、本件は取立権の対象となる権利の制約に該当するのか否かという点を理解、検討する上で重要な事例である。

国税徴収法関連の通達においても、取立権を下記のように解釈し、一定の制約を設けている。実質的には取立の目的がいかなるものであるのか、その目的において取立が合理的である場合には、徴収上、裁判外においても権限の行使に制約はつかないものと理解される。但し、取立の目的がいかなるものであり、そのための必要性が如何に具体的に考えられるかという点は法令解釈上の課題であるが、私見としても、申告納税制度を基礎としつつ、我が国の租税徴収が、財産権の強制的な性格を有するものではあるものの、一定の留保は租税法律主義によって担保され、かつ適正な負担を行った納税者を保護し租税負担の公平性の実質的な担保を図り、大量反復的な徴収実務を比較衡量して、このような性格を取立権が有していることは合理性を持つものといえる。実質的な租税法の強制性を支える中核的な概念・権利として、地味ではあるものの、その性格を理解することは租税専門家として重要な手であるように考えられるだろう。

1 法第67条第1項の「取立」とは、徴収職員が、被差押債権の本来の性質、内容に従って、金銭又は換価に適する財産の給付を受けることをいう。(取立権取得の効果)
3 徴収職員は、債権差押えにより、その債権の取立権を取得するから、徴収職員が自己の名で被差押債権の取立てに必要な裁判上及び裁判外の行為をすることができる。ただし、滞納者が有する解除権又は取消権等の形成権については、一身専属的権利及び人格的権利並びに取立ての目的・範囲を超えるような形成権の行使はすることができない。したがって、支払督促の申立て、給付の訴えの提起、配当要求、担保権の実行、保証人に対する請求又は破産手続、会社更生手続若しくは民事再生手続への参加(例えば、債権の届出、議決権の行使等)等の行為をすることができるが、債務の免除、債権の譲渡、弁済期限の変更等取立ての目的を越える行為をすることはできない。
また、判示では、

本件預 託金の返還請求権は、会員が退会の意思表示をすることを条件として発生する権利であるといえるところ、原告が同請求権を発生させ、これを取り立てるためには、本件ゴルフクラブからの退会の意思表示をすることが必要不可欠

との認定を行っており、必ずしも、必要性をその依拠すべき部分を明示していない点は問題視されるべきものかもしれないが、滞納国税の徴収のため、取立権の行使において、個人の人格権や一身専属的なものであるとして意思表示を制約するものとして本件の意思表示の効力を否定されることは、徴収における取立権の基本的性格から、制約を与えられるものとは理解することは困難であろう(異論はありえようが)。

以上です。毎度のごとく論文stockとして作成しているものですので、完成度は低いですが参考までに。


2017年6月6日火曜日

判例裁決紹介(平成28年6月22日裁決、肉用牛販売に関する農業所得の特例と災害補償)

さて、また興が乗ったので、判例裁決紹介を作成しました。
今回は、平成28年6月22日裁決で、東日本大震災に伴う原子力発電所事故によって得た補償と肉用牛販売に関する農業所得の特例適用が争われたものです。

具体的には、農業として肉用牛の育成販売を営む請求人が、東日本大震災によって当該肉用牛が全頭死亡し、かかる損害に対して補償金を受領したケースにおいて、当該受領金の所得を損害賠償金ではなく、肉用牛の売却にかかる租税特別措置法25条の農業所得課税の特例の適用(免税)を受ける売却収入であるとして確定申告をしたところ、当該補償金の受領(非課税となる賠償金には該当せず、営業補償)は、租税特別措置法に定める売却には該当しないとして、その適用を否認した更正処分を行ったことから、納税者の責めに帰すべき事情により法が求める売却の機会が失われたものであり、制度適用を認められるべきであるとして当該更正処分の取消を求めたものである。なお、請求人は制度適用に関する書類添付要件を満たしていない。

本件は、東日本大震災に伴う原子力発電事故によって立入りが制限された区域において、肉用牛の販売の業務を行っていた請求人に対して、下記租税特別措置25条に定める肉用牛売却による農業所得の免除の特例の適用が認められるか否かが争われた事例である。事実認定や法令解釈が問題となっているものというよりは、災害等による特別な事情を考慮して法令における要件の拡張が図られるべきか否かという租税政策としての問題であるようにも捉えられる。

納税者が受領したこのような事故に伴う損失補償として受領した金員が本来ならば、得られた肉用牛売却と同様のものであるとして当該金員が通常の農業所得としての肉用牛売却の対象として理解した上で、請求人は本来ならば、当該制度の適用によって得られたであろう所得税の軽減を受け得なかったことに対して、本件問題の補償金の受領が指定の売却方法によるものではないことによって、当該特例の要件を充足せず、納税者の責任に帰すことがない事情によって当該指定売却によることができなかったことを不服として、提起されたものである。

このような肉用牛の売却にかかる農業所得の特例自身あまりメジャーのものではないが(私も事例として初耳)、実務においては、租特に対する認識・適用要件をを理解する上で、参考になるものと考えられる。納税者の感情論として本来ならば負担するいわれのない租税負担を行うことになり、かかる点において不服を覚えたということになるだろう。東日本大震災とそれに付随する立入り制限によって負担を負っていることも考慮すれば、感情論としてこのような租税負担は酷であるとの認識を持つことは容易に想像されるが、かかる点は租税政策や政治的判断に於いて議論されるべき問題であり、租税法の研究課題となるべきものではないとの意見もありえようが、しかしながら、本件の問題になった背景にある肉用牛の売却に関する農業所得の特例は、租税特別措置であり、単に個別の政策的規定、措置と理解するのみならず、租税特別措置が如何なる性格をもっていいるのか、実質的な納税者間の公平性を犠牲にしつつも、一定の政策目的の達成を企図して採用されているものであり、このような制度背景を理解しておくことは重要な点であるだろう。すなわち、特買い特例による租税負担の軽減は単に納税者の租税負担を軽減する、便宜規定・権利・恩典、と理解することは妥当ではなく、実質的に納税者の権益として理解されるべきものではないという点は念頭に置かれるべきであろう。

本件の適用要件に関する判断は、下記のように、一定の要件を充足した対象となるものであり、その適用要件としては、指定の売却方法によることが求められている。

第二五条 農業(所得税法第二条第一項第三十五号に規定する事業をいう。)を営む個人が、昭和五十六年から平成二十九年までの各年において、次の各号に掲げる売却の方法により当該各号に定める肉用牛を売却した場合において、その売却した肉用牛が全て免税対象飼育牛(家畜改良増殖法(昭和二十五年法律第二百九号)第三十二条の二一項の規定による農林水産大臣の承認を受けた同項に規定する登録規程に基づく政令で定める登録がされている肉用牛又はその売却価額が百万円未満(その売却した肉用牛が、財務省令で定める交雑牛に該当する場合には八十万円未満とし、財務省令で定める乳牛に該当する場合には五十万円未満とする。)である肉用牛に該当するものをいう。次項において同じ。)であり、かつ、その売却した肉用牛の頭数の合計が千五百頭以内であるときは、当該個人のその売却をした日の属する年分のその売却により生じた事業所得に対する所得税を免除する。
一 家畜取引法(昭和三十一年法律第百二十三号)第二条第三項に規定する家畜市場、中央卸売市場その他政令で定める市場において行う売却 当該個人が飼育した肉用牛
二 農業協同組合又は農業協同組合連合合のうち政令で定めるものに委託して行う売却 当該個人が飼育した生産後一年未満の肉用牛

文理解釈によるまでもなく、一定の市場等での売却がその対象となっていることは明らかであり、

「請求人は、■■事故に起因して、飼育していた肉用牛■■■を放逐したまま避難することとなったため、請求人には、当該肉用牛を決められた市場で売却する機会すら与えられなかったことは、請求人の責めに帰すことができない客観的事実である旨主張する。 確かに、請求人が主張するとおり、■■事故に起因して、請求人が震災時に飼育していた肉用牛が全頭死亡することとなり、措置法第25条第1項各号に規定する売却する機会が失われたことが認められる。しかしながら、本件特例の適用要件が満たされていないことは上記(2)のとおりであり、また、本件特例の適用に関し、措置法第25条第5項において、同条第1項各号に規定された売却の方法により肉用牛を売却した場合における本件特例の適用に係る記載及びその事実を証する書類の添付等に関するゆうじょ規定が設けられているものの、同条において、当該方法で売却できなかった場合のゆうじょ規定は設けられていないことから、請求人の主張は採用できない。」

と判断しているように、当該売却ができなかったことに対する宥恕規定は存在しておらず、かかる点で、東日本大震災による未曾有の事情であったとしても本件租特の対象として救済適用差対象と判断することは、要件に存在しない条件による法の適用を求める(実質的に法令を作成している)ものであり、租税法の基本的要請に鑑みても、租特適用を否定した本件判断は妥当であるといえよう。そもそも、かかる判断の背景には、租税特別措置に対する理解認識が背景にあり、対象として単に納税者が酷であるとかによって左右されるべき性格であるのか否かという点は、租税を扱うものとして基本認識として理解されるべきものと考えられる。本件のような問題は、かかる基本的な前提のもとで政策論として取り扱われるべきものといえよう。かかる点で、本件は、非常に重大な災害ではあるものの、冷静な対応を図るべきであることを示唆しており、指針として評価されるべきものであり、教訓的な示唆、意義があるものといえる。

「措置法第25条の規定は、国内の肉用牛の増殖飼育を奨励し、併せて国内の牛肉価格形成の合理化に資するため、農業を営む個人が行う一定の要件を満たした肉用牛の売却については、その売却に係る所得については、所得税を免除するというものである。措置法第25条第4項が、本件特例の適用を受けるための手続要件を定めているのも、適正迅速な税務処理に資することはもちろん、本件特例の適用を受けるための実体的要件を具備していることを証明する書類の添付を要することとして、本件特例の適正な運用を図ることを目的とするものと解される。」

また、本件で問題となった租特は、肉用牛の販売に関して一定の要件を満たす対象であれば、当該肉用牛の売却に伴う事業所得、農業所得を免税とする規定である。係る制度趣旨は、上記のように肉用牛に関する増殖飼育奨励や価格形成の合理化というものである(私見としては、この政策目的が合理的であるのか、また手法が妥当であるのかという点は疑問であるが)。従って、適用要件としては、市場による売却を求めているものとして理解される(価格形成の観点から)。請求人はその主張において納税者の責めに帰すべきものができない事情によって具体的な適用要件の充足ができなくなったことを背景として、この制度適用を求めているが、上記のように租税特別措置が、単なる権利恩典ではなく、一定の政策目的の手段として納税者間の租税負担の公平性を犠牲として適用が行われるものであり、非常自体、未曾有の事態ではあるものの、本件の適用要件の解釈の変更や拡張的な解釈を行うことは、新たな法令の創造に属するものであり、租税法の基本的な要請から鑑みて、かかる判断は困難である。感情論として、納税者の状況は租税負担を求めることは酷であるとの認識は、否定されるべきものではないが、本件制度、及び租税特別措置一般において、上記のように、一定の政策目的実現と、納税者の公平性の間で衡平を図るべく、設けられたものが適用要件であり、軽々しく取り扱われるべきものとは考えられない(冷酷という非難もあるだろうが)。


 第一項又は第二項の規定は、確定申告書に、これらの規定の適用を受けようとする旨及びこれらの規定に規定する事業所得の明細に関する事項の記載があり、かつ、これらの規定に規定する肉用牛の売却が第一項各号に掲げる売却の方法により行われたこと及びその売却価額その他財務省令で定める事項を証する書類の添付がある場合に限り、適用する。
 税務署長は、前項の記載又は添付がない確定申告書の提出があつた場合においても、その記載又は添付がなかつたことについてやむを得ない事情があると認めるときは、当該記載をした書類及び同項の証する書類の提出があつた場合に限り、第一項又は第二項の規定を適用することができる。第一項の規定の適用を受ける者が確定申告書を提出しなかつた場合において、その提出がなかつたことについてやむを得ない事情があると認めるときも、同様とする。

更に、本件では中心的な争点になっていないが、租特の適用にあたり、書類の添付要件も問題となる。本件制度においても宥恕規定としてやむを得ない事情があった場合を除き、上記のように、明細等の書類添付要件が定められている。手続規定として単なる形式的な条件であるかのように理解される場合もあろうが、この書類添付要件も上記租特の基本的な性格によれば、政策目的の実質的な履行を図る手段として、その明細等によって担保する趣旨であり、内容面の適正性も含め、租税の実務家としては理解しておくべきものといえよう。租税特別措置一般において、このような書類添付要件は法定されており、シンプルな要件ではあるが、通常の帳簿記載、証憑等の保存規定以上に厳格に解されるべきものであり、重要な要件であると認識しておくべきであろう。

以上です。毎度のごとく論文stockとして作成しているものですので完成度は低いですが参考までに。