さて、また興が乗ったので判例裁決紹介を作成しました。今回は、名古屋地判平成27年11月19日で、事業を引き継いだ原告が引継ぎ前より保有していた貸付債権の貸倒れにつき、損金算入時期が争われたものです。
具体的には、薬局を経営する原告が一時休業していた事業を継承し、訴外A社に対する貸付を平成22年の申告において貸倒損失として確定申告したところ、当該貸付債権はその計上を認められないとしたため、原告がその取消を求めて出訴したものです。
当該債権は、平成8年に行われた調査において納税者からの申立書を提出して、税務上損金としない旨供述したものです。なお、貸付先である訴外Aは平成16年の段階で約100億円の債務超過状態であり、平成19年に於いては倒産している状態にあり、それから約3年後に貸倒損失として損金に算入したものです。
判示でも遅くとも原告は平成19年の段階で債権が貸倒れたものであることは認識されるべきものであり、本件のタイミングで損失を計上することは認められないとして基本的に課税庁の主張を認め原告の請求を棄却していますが、まずは、貸倒損失の損金算入時期が問題と考えています。
判示では、いわゆる興銀事件の最判を引用して債務者の状況及び債権者側の状況を用いて、損金算入をすべきものとして判断しています。この点は、従来の判例の流れを踏襲するものであり、現行法の解釈としては、合理的なものであるように評価されます。
しかしながら、その具体的な損失の算入時期の判断について、いかなる時期によるべきかという点は必ずしも定かではない状況です。
判示のように、基本的に債務超過等の状況によって損失であることが判断された時点で計上すべきであることは特に異論はないのですが、種々の要素を総合的に判断した上で、その損失を認定する以上、その具体的な計上時期に関しては一定の幅が想定されるものであり、かかる認識に基づくとすれば、いかなるタイミングでその計上を求めるのかという点は法解釈として検討すべき課題といえるでしょう。
一般に計上時期に関する決定を納税者に任意で認めるということは、法人税法の評価損の原則禁止や、恣意性の介入等の状況から、租税法の基本的な要請として、すなわち課税負担の公平性に反するものである処理であることは言うまでもなく、許容される可能性はないものと考えられます。但し、上記のように最判の判断過程に基づくならば、債務者の状況に主としてその判断は委ねられるうえ、このような状況は、基本的に債権者側において調査することは困難な状況であり、また、更に考慮要素として債権者側の状況も考慮されるべきものと考えられるものであり、その把握は一義的に行われるものではなく、一定の幅は想定されることは容易に想定されるところです。このような状況のあり方自身が予測可能性や法的な安定を担保しているか否かという点からも疑問が残るところではあります。判示のように、客観的な状況をもってその損失の状況が確定したところであるタイミングをもってその計上を行うべきであり、納税者等の操作性が介入することで、適格ではないことに賛意は示すことができるものと考えられますが、必ずしも、このように要請する法的な根拠が明らかではないものと考えています。法人税法22条4項に定める公正処理基準がその根拠となりうるものではないかと考えられますが、当該規定がそのような法的規範を有するものであるのか、その制度趣旨から、明確に導けるものと評価してよいのかという点は疑問があります。
そもそも租税法務において貸倒損失をいかに評価すべきは立法によって明示されるべきものではないかという考えも持っていますが、計上のタイミングが幅があることと任意性の介入を衡平させ、如何に捉え、予測可能性を担保する客観的な状況がいかなるものであるべきか法解釈や立法によって明らかとすべきものではないでしょうか。
このように考えるといかなる事情をもって、その損金計上を認めるのかという点をいかに判断し、その立証を行うべきかという点も課題と考えられます。
判示でも、課税庁の主張においても、貸倒損失の性格上、納税者に対して債権の内容等を具体的に特定し主張すべきとしています。また、その立証がなければ、不存在とみなすものとして判断を行っています。
通常、従来、課税訴訟や更正処分において、その立証責任は質問検査権の行使をその理由として、原則として課税庁にあるものと理解されてきました。私見としてもこの考えは質問検査が事実上、受忍義務をおっていることから考えても妥当であると考えています。しかしながらいかなるものにおいても例外がありうるものであり、近年は他の裁判例でも立証責任が転換され、納税者にその責任があるものと解される事案が増加しています。この例外がいかなるものであるのか、その原因がいかなる点に依拠しているのかという点、そのように転換が行われる場合、従来の課税要件のあり方や質問検査権の性格が従来と同様に解されるべきものと捉えても問題がないのか等々立証責任の分配については検討すべき点が多いように考えられます。
本件のように、債権の性格が事実上の転換の理由となる点はこの意味で、立証責任の分配を考える上で興味深いといえるでしょう。そもそも、事実上の転換を促す貸倒損失の性格がいかなるものであるのかという点は、判示では明示されていませんが、たしかに、上記のように最判以後債権者側の事情も考慮した総合的な判断が行われる以上、転換が行われるべきものと解することは合理的であると言うべきであると考えています。
このように債権の性質に応じてという判断であれば、納税者の予測可能性をより高めるべく、その予見において対応可能であるように要件がより明確化という観点から求められるのではないでしょうか。そもそも上記のように、貸倒損失の租税法務における取扱は立法によって明示的に捉えられるべきと評価しています。特に判示にあるように、立証がなければ事実上、不存在と認定するとするならば、より明示的な法的根拠を必要とすべきと解することが租税法規の基本的要請に合致するものと考えています。
また、より一般論として、このような立証の責任を転換する一つの理由としてこのような債権の性格に基づくことが根拠となりうるものでしょうか。質問検査権や申告納税制度の趣旨にも関わることではありますが、もし根拠となりうるものとした場合、いかなる場合がそのような転換の理由として検討されるのか、という点は租税法においても立証責任を考えてる上で、大きな課題となるのではないでしょうか。
以上、毎度のごとく論文stockとして作成しているものですので完成度は低いですが、参考までに。
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